病気の治療
medical treatment
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「低身長」とは、統計の指標を使って表現すると、平均身長から標準偏差の2倍以上低い状態のことで、2.3%の人がこれに該当します。
背が低くてもそれ以外は健康という大人は大勢いますので、低身長がすべて大変な病気ということではありません。しかし、成長障害という言葉があるように、子どもの低身長については何らかの病気が原因となっていることがあり、その病気に気づいて治療する必要があります。またその病気を根本的に治すことができなくても、低身長(成長障害)については適切な治療で改善できる場合があります。
子どもは大きくなって大人になります。実は、体を大きくする仕組みは複雑で、多くの“成長因子”(ホルモンなど)が働いており、成長ホルモンはその一つです。性ホルモンも成長因子であり、思春期には一気に身長が伸びますが、一定量伸びた後、成長はとまってしまいます。ですので、大人になったときの身長を予知するには思春期の伸び始めの身長が十分に高いかどうかに注目することが重要です。
低身長そのものは重大な病気ではないとはいえ、子どもの身長が低いとその子の能力に関する周囲からの評価が損なわれることがあります。つまり、体のサイズに見合う低年齢の子どもと同じことしかできなくてあたり前に思われ、本人もそのように思い込んでしまうことがあります。このような周囲の対応は、本人の“劣等感”(自尊心の低下)の原因になりますし、子どもの成長(心理的にだけでなく能力面でも)の妨げになりうるので、子育てや子どもの教育において年齢に応じた対応をする必要があります。
子どもの身長がうまく伸びないことを「成長障害」といいます。その原因を成長ホルモン注射で治療できるかどうかをもとに分類してみると、おおよそ以下のようになります。
そのほか、“思春期遅発”といって、思春期が中学生から高校生になって遅く始まる子ども達がいます。小学生の間は低身長であっても、その後ゆっくり思春期になって伸びるので、大人になったときの身長は低身長ではないことが多いですが、必ずしも平均以上の身長に>なるわけではありません。
低身長に気づくことは案外難しいことです。ある低身長の子どもは妹や弟より背が低くなるまで病院を受診しませんでした。小学校の同じ学年でもっと背が低い子がいるとのことで両親はあまり心配していなかった例もあります。両親が小柄なので子どもが低身長なのは仕方がないと思われている例もあります。
低身長に気づく最もよい方法は“成長曲線”のグラフに子どもの身長を描き込んでいくことです。母子手帳にもこのグラフは載っていますし、検診をしている保健所や学校、あるいは病院の小児科で手に入れることができます。どの程度低いのか、いつから身長の伸びが少なくなっているのかがはっきりしますので、検診などの機会があるごとに、体重だけでなく身長を測ってもらって、描き込んでください。
①の重大な病気が原因で身長が伸びなくなる場合は、その病気の他の症状とともに低身長がはっきりしてくることが多いです。
橋本病と呼ばれる「自己免疫性甲状腺炎に伴う甲状腺機能低下症」では、概ね幼児期から学童期に、身長の伸びが著しく少なくなり、肥満傾向や不活発、学業不振もみられます。
頭蓋咽頭腫という脳腫瘍の場合、概ね幼児期から学童期に、腫瘍が大きくなるにしたがい、成長ホルモンの分泌が悪くなって身長の伸びが少なくなり、頭痛や視力障害もみられることがあります。
②のターナー女性と軟骨無(低)形成症は乳幼児期から著しく身長が低く、その後も身長の伸びは標準に比べ少ないことが多いです。プラダーウイリー症候群は乳児期に筋肉の力が弱く小柄であることで気づくことができますが、その後肥満が目立ってきます。
「成長ホルモン分泌不全症」というのは1つの原因で起こる病気というわけではなく、特別の検査をして成長ホルモンが十分分泌されていないことが確認された人に付ける病名です。ですので、それぞれの原因によって低身長の現れ方は異なります。
生まれつき成長ホルモンが分泌されない病気(遺伝性成長ホルモン分泌不全症)では、乳幼児期から小柄であり、また額が相対的に大きく見える特有の顔貌をしているのが特徴で、年間の身長の伸びが少なっていき、低身長は次第に顕著になっていきます。
①や②の病気については、その病気を診断するための検査をします。
甲状腺機能低下症については、血液検査で甲状腺ホルモンなどを測れば診断は容易です。脳腫瘍であれば、頭のMRI検査で診断しますし、血液中のホルモン検査も必要です。腸や肝臓、腎臓の病気についても、それらの病気をみつける検査があります。ターナー女性の診断には、染色体検査が必要です。軟骨無(低)形成症では全身の骨のレントゲン検査で診断されます。
「成長ホルモン分泌不全症」については、外来で1回採血して成長ホルモンを測るだけでは診断できません。成長ホルモンは夜間睡眠中などの限られた時間帯にしか血液中に増えてきませんから、午前中の外来で採血すると低い値であるのが普通です。このため、成長ホルモン分泌不全症の診断には、血液中の成長ホルモンを増やす作用のある薬を注射したり服用したりした後、30分ごとに採血して調べる“負荷試験”をします。この検査で成長ホルモンが一定濃度以上にならなければ成長ホルモン分泌不全症と診断し、成長ホルモン治療を開始することができます。
ただし、薬に対する成長ホルモン分泌反応は検査時の自律神経バランスの影響を強く受けるので、2種類以上の負荷試験を実施する必要があります。
一方、成長ホルモンは肝臓でIGF-1(ソマトメジンC)というホルモンをつくる作用があり、このホルモンも骨を延ばします。このホルモンがつくられているかどうかは1回の血液検査でわかりますので、成長ホルモンが十分分泌されているかどうかの判断に利用します。
成長ホルモンは下垂体という脳内の臓器から分泌されますが、下垂体からはそれ以外のホルモンも分泌されています。例えば脳腫瘍や頭の外傷などで下垂体が障害された場合には、これら多くのホルモンも分泌が悪くなりますので、これを調べる“負荷試験”も行い障害の程度を判定します。もし障害されていれば、それぞれのホルモン異常に対して治療が必要になります。
成長ホルモンが身長を伸ばす効果がある病気に対しては、成長ホルモンの注射による治療を行います。健常者では成長ホルモンは夜間寝ている間に出ていますので、通常、毎日決められた量を寝る前に皮下注射します。
成長ホルモン注射の効果がある場合、治療は2〜3年にわたり、年間の身長がそれまでよりプラス2cm以上伸び、子どもによっては年間10cm以上伸びることがあります。これを身長のキャッチアップ現象といいますが、その時期をすぎると年齢相応の健常者と同じ程度の伸び方になります。
成長ホルモンのみの分泌が障害されている子どもでは、いつか思春期(男性ホルモンや女性ホルモンが出てくる時期)がやってきます。思春期での伸びは概ね男児で26cm、女児で20cm程度ですので、思春期の始まったときの身長から大人の身長を予測することができます。成長ホルモン治療のみでは、必ずしもこの思春期開始時の身長を高くできるとは限りません。このため、大人の身長を十分高くするためには思春期を遅らせる治療(性腺抑制療法)を行ったり、男児に対しては特殊な蛋白同化ホルモン内服治療を行ったりすることがあります。
①や②の病気については、それぞれの病気に必要な治療を行います。甲状腺機能低下症では甲状腺ホルモンを毎日服用し、成長ホルモン治療は行いません。脳腫瘍の場合には、手術や放射線治療が必要です。これらの治療をした後も、再発がないかしばらく経過をみてから成長ホルモン治療を行います。また、脳下垂体から分泌されるはずの多くのホルモンが障害されているので、成長ホルモン以外のホルモン治療が必要になることがあります。
腎臓、腸、肝臓の病気なども、病気自体を適切に治療することが大切で、それでも身長の伸びが不十分な点に対して成長ホルモン治療を行います。
生育環境が不良で強いストレスにさらされている子どもは自律神経系の作用で成長ホルモン分泌が抑えられているので身長が伸びませんが、まずストレスを解消してあげることが第一であり、成長ホルモン注射は補助的な治療法です。
ターナー女性では、健常者の思春期開始時期までは成長ホルモンだけで身長を伸ばす治療を行いますが、思春期以降の女性ホルモン療法や特有の合併症に対する適切な治療が別途必要です。
軟骨無(低)形成症でも、成長ホルモン治療だけでなく、骨変形による神経合併症に対する治療や骨延長術といった手術も考慮されます。プラダーウイリー症候群では、過食に伴う肥満とその合併症を防ぐための工夫が必要です。