徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

病気の治療

medical treatment

脳神経外科の病気:神経・血管圧迫症候群

主な神経・血管圧迫症候群には顔面けいれん、三叉神経痛、舌咽神経痛、痙性斜頚、動眼神経麻痺などがあります。これは、脳神経が頭蓋内で近接血管により圧迫されることによって生じる神経症状です。主に手術(微小血管減圧術)によって神経に対する血管の圧迫を解除することによって症状が消失します。

神経・血管圧迫症候群の種類
疾病 症状 脳・神経
顔面痙攣 片側の顔の引き攣れ 顔面神経(第7番目)
三叉神経痛 顔の痛み 三叉神経(第5番目)
舌咽神経痛 喉の魚骨の残存感 舌咽神経(第9番目)
めまい発作 めまいに耳鳴りが随伴 前庭・蝸牛神経(第8番目)
痙性斜頚 顔の引きつった傾斜 副神経(第11番目)
舌萎縮 片側舌萎縮 舌下神経(第12番目)
動眼神経麻痺 まぶたの垂れ下がり 視神経(第2番目)
半身知覚障害 半身の感覚異常 椎骨動脈の延髄圧迫
高血圧 高血圧 椎骨動脈の橋・延髄移行部圧迫

顔面けいれん─片側が治療対象

片側顔面けいれんが治療の対象となります。両側に生じるものに本態性顔面けいれん(Meige症候群)がありますが、このMeige症候群は顔面神経手術(微小血管減圧術)の対象になりません。
片側顔面けいれんの原因は、脳幹部における顔面神経根出口での血管の圧迫によるものがほとんどですが、その原因以外に顔面神経麻痺後(顔面神経の損傷:Bell麻痺など)に生じるもの、術後のくも膜癒着、脳幹梗塞後、てんかん性などに加え、同側小脳海綿状血管腫、脳腫瘍が血管を圧迫し、その血管が顔面神経を圧迫して生じるものなどがあり、鑑別が必要です。

下眼瞼のピクツキが始まり

左顔面神経が血管にて圧迫され走行が偏移している所見 成因の一つは、Nielsenによる顔面神経による人工シナプス伝導説、もう一つは、Jannettaらによる説で、顔面神経はroot exit zone (REZ)である脳幹より数㎜から1.0㎝の部分で、中枢性ミエリンから末梢性ミエリンに移行しますが、中枢性ミエリンはオリゴデンドログリアで形成され(中枢神経部)、末梢ミエリンはシュワン細胞(末梢神経)によりつくられています。この近傍が血管により圧迫されると、変性、脱髄が生じ、軸索間伝達が起こり、顔面神経核の興奮性の亢進をきたし、顔面けいれんが生じます。すなわち神経の損傷部分が誘発領域として働き、異常インパルスが発生し、顔面神経核の活動を誘発し、けいれんを発生するインパルスを送り出すという説です。
症状は、下眼瞼の攣縮(ピクツキ)で始まり、寛解と憎悪を繰り返し、最終的には常時けいれんが生じるようになります。精神的緊張で誘発され、特に接客に際して強く出るのが特徴です。休止時には同側の強い閉眼(Blink test)で顔面けいれんが誘発されることによって容易に診断できます。症状の程度によって眼輪筋周囲から顔面上部の攣縮(grade I)、下顎に及ぶ顔面全体のけいれん(grade II)から強い程度のものは前頸部の広頚筋に及ぶもの(grade III)まであります。

手術による治癒率は9割

治療は主に手術とボトックス注射に分けられます。抗けいれん剤の内服による治療は、ほとんど効果がない場合が多いです。手術は神経・血管減圧術で、微小血管減圧術と呼ばれ、1962年にGardnerにより、その成因が明らかにされ、1966にJannettaが実際にその治療法が報告されました。わが国では1980年代になって確立された治療法として広く行われるようになりました。現在で手術による治癒率は約90%と言われています。

術者によって合併症の発生率に大きな差

合併症は、諸家の報告は個々で差がありますが3~24%みられ、聴力喪失・低下、顔面神経麻痺、小脳出血、髄液漏、脳幹梗塞、髄膜炎などが主なものです。
筆者の症例は2010年までに472例経験し、460が根治(97.5%)、残り12例中2例は再手術で根治しました。合併症については、8例に聴力喪失、聴力低下2、顔面神経麻痺1、髄液漏1、脳梗塞1の永続合併症(2.8%)をきたし、2例に一過性の遅発性(術後1カ月)顔面神経麻痺をきたしました。
手術法は、耳介付着部から5㎝後方に約6㎝の皮膚切開を入れ後頭骨を露出し、約2.5㎝の開頭を行います。この開頭時に採取した骨粉、骨片は後ほどの骨形成に使用します。顔面神経・聴神経部を露出し、小脳を軽く圧迫して、後方の舌咽・迷走神経部のくも膜を十分切開し、顔面神経の出口部を露出します。圧迫血管を同定し、神経に血管の圧迫が及ばないように移動します。移動には太い椎骨動脈であれば絹糸で上方の硬膜につり上げたり、圧迫血管にゴアテックスの血管を巻きつけて血管の拍動が神経に及ばないようにします。開頭部の骨形成はフィブリン糊と骨粉、小骨片を使用して欠損部の大きさの人工骨片をつくり、それをはめ込みその上からフィブリン糊をかけて固定します。皮膚を縫合して手術を終えます。

三叉神経痛─症状は神経支配領域の強い痛み

三叉神経の支配領域 三叉神経痛は、顔面の痛みを主訴とする疾患で、血管による圧迫が原因の特発性三叉神経痛と、血管の圧迫以外の器質的疾患による症候性三叉神経痛に分けられます。女性に多く、左側に症状が現れることが多いです。DandyやGardnerが三叉神経痛の患者さんにおいて、三叉神経が周囲の血管によって圧迫されている症例が多いことを指摘して以来、Janettaが小脳橋角部の三叉神経起始部で三叉神経を圧迫している血管を手術的に除去することで三叉神経痛が消失することを示した。症状は、発作性の三叉神経の支配領域に一致した痛みです。

左三叉神経が血管にて圧迫されている(矢印) 突発的でとても強い痛みで、発症部位はII, III枝領域が多いです。主に40才以降に発症します。神経痛の持続時間は短く、数秒から数十秒です。冷たいものを飲んだり、洗面、歯磨き、ひげ剃り、食事などで誘発され、痛みの有るところに触れると痛みが強くなります。疼痛発作誘発領域があり、この部が刺激されると疼痛発作が誘発されます。翼口蓋神経痛との鑑別が重要です。

手術治療は唯一の根治療法

内服治療としてはカルバマゼピン、バクロフェン、フェニトイン、クロナゼパム、漢方薬(五苓散、紫胡桂枝湯、小紫胡湯等)が使用されますが、一般的にカルバマゼピンが使用されます。手術治療(神経・血管減圧術)は、唯一の根治的治療法で治癒率は一般に70~80%とされています。稀に錐体静脈が原因となる場合があり、この静脈が三叉神経を貫通していた例を経験しています。筆者の病院の自験例は2008年まで157例の微小血管神経減圧術(MVD)で治癒率は145例(92.4%)が完治しています。
手術は通常、三叉神経部への到達は小脳外側で問題ないがときに小脳上部から小脳天幕に沿った到達法を選択せざるをえない場合があるため、顔面けいれんと違い開頭は横静脈洞とS状静脈洞部のアングルに開頭上縁と外縁がくるようにする必要があります。顔面けいれんと同じく2.5㎝大の開頭を行い、三叉神経の圧迫血管を同定し、圧迫が及ばないように移動します。手術に際して錐体静脈が視野の妨げになる場合がありますが、極力温存に努めるものの、数本ある場合は1本ほど凝固切断しても問題はありません。しかし1本の太い場合は、凝固切断すると静脈性梗塞をきたし、小脳出血に至ります。圧迫血管は三叉神経の腹側に存在するため一見、圧迫血管がないようにみえることがあるので注意を要します。顔面けいれんよりもより血管の拍動が伝わらないように、完全に移動する必要があります。

その他の三叉神経痛の治療

三叉神経痛の治療には、他にも以下のようなものがあります。

ガンマナイフ

ガンマナイフによる三叉神経痛の治療は、圧迫している血管はそのままにしておき、三叉神経に放射線を照射して、痛みに対する感じ方を変える治療です。手術療法は手術直後から痛みがなくなりますが、この方法だと効果がでるまでに3~4カ月かかります。薬物の手助けがなくなるほどの治癒率は60%ぐらいといわれています。手術が困難な患者さんには適した方法ですが、手術療法ほど治癒率は高くありません。副作用は顔面のしびれ、違和感が生じることでガンマナイフ後6カ月〜2年たつと出現してきます。

神経ブロック

口腔内からガッセル神経節(ganglion gasseri)をブロックしますが、熟達した医師しかできない欠点があります。

舌咽神経痛─神経血管圧迫症候群では稀な疾患

神経血管圧迫症候群のなかでは稀な疾病で、よく物を飲み込むときなどに“喉に魚骨がひっかかって痛い”と表現されることが多いです。5例の経験で4例が完治しています。頻度は顔面けいれん、三叉神経痛に比して低くなります。

痙性斜頚─薬物等による斜頚との鑑別重要

痙性斜頚は手術適応となる症例の頻度が多くありません。薬物、精神的に生じる斜頚との鑑別が重要です。治療は、ボトックス注射と神経減圧術です。

めまい─聴神経の圧迫などで診断

めまいの臨床については原因が多岐にわたり、それについて記述することは紙面を埋め尽くしてしまうので、ここでは前庭神経が血管にて圧迫されることによって生じる、めまいについて記載します。第8神経の圧迫によって生じます。

症状

長期にわたる回転性めまいと耳鳴り、難聴

診断

患側のカロリックテストの反応低下
MRIでの聴神経の圧迫の確認 聴性脳幹誘発電位測定でのI-III波間潜時の延長

鑑別
耳性
耳性以外(視器性、頚椎性、鼻咽頭性、中枢神経系疾患)
全身疾患に伴う(貧血、多血症、糖尿病、低血圧、高血圧、不整脈)
心因性、自律神経系、てんかん性

治療法は手術ですが、手術適応は長期間にわたり回転性めまいと耳鳴り、難聴をきたしている患者で、上記の診断に合致した例が対象になちます。顔面けいれんに合併しためまいも同様の機序で生じるため、その例はここでは割愛します。6例に施行しましたが、4例は完治し、2例はめまいの程度・頻度は明らかに減少し、稀に軽い発作が生じる程度になりました。

動眼神経麻痺─眼運動障害や瞳孔不同が生じる

末梢性動眼神経麻痺については、内傾動脈・後交通動脈分岐部の外方にprojectionする動脈瘤、上小脳動脈瘤が動眼神経を圧迫して動眼神経のneuropathyを引き起こし、眼瞼下垂や眼球運動障害、瞳孔不同が生じるのが一般的です。

ここでは、動脈硬化などで偏移した血管によって圧迫される症例が対象です。14症例のうち期間を挟んで両側に生じた(Neurol Med Chir (Tokyo) 31: 45-48, 1991)1例を含め全例完治しています。一般的に血管の移動による神経の圧迫解除は、pterional approachによって可能で、場合によればsubtemporal approachが必要となります。症状出現から手術までの期間は最長1.5カ月で動脈瘤による圧迫からの動眼神経麻痺と違い、期間は長くても改善する印象を持っています。

舌萎縮─減圧術によって改善

第12神経の舌下神経が圧迫されることによって神経機能低下が生じて舌萎縮をきたします。減圧術によって1年半ぐらいで改善します。

視野欠損─動脈硬化や動脈瘤が原因で発症

内頚動脈C2部の動脈硬化などによって視神経が圧迫され鼻側下1/4半盲をきたす場合や前大脳動脈水平部の蛇行圧迫にて同側視野の下半盲が生じます。一般に臨床で経験するのが前交通動脈瘤です。

延髄圧迫─対側半身に明らかな違和感

蛇行・屈曲した椎骨動脈によって延髄が強く圧迫され、対側半身の明らかな異常感覚というよりも反対に比べて何か違うと訴え、患者さんの希望と十分なインフォームド・コンセントのもとに施行したものが1例あります。絹糸による椎骨動脈の十分な挙上による圧迫解除にて完全な治癒を得ました。

高血圧症─手術の適応は稀

これもコントロールが難治な高血圧に対して血圧を下げる目的で行ったものでなく顔面痙けいれん後に偶然治癒した例である。近年、多種多様の降圧剤の使用によって血圧のコントロールは比較的容易になっていますので、微小血管減圧術が適応される例はほとんどないのではと考えられます。

微小血管減圧術施行例(自験例)
  症例数 完全治癒率(%)
顔面痙攣 472 97
三叉神経痛 157 92
舌咽神経痛 5 80
痙性斜頸 2 100
めまい 6 67
(改善を含むと100)
動眼神経麻痺 14 100
舌萎縮 1 100
視野欠損 1 100
延髄圧迫 1 100
*高血圧症 2 100

*顔面けいれん術後に偶然治癒した例

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