病気の治療
medical treatment
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脳神経血管内治療とは、頭蓋内や頚部の血管性病変に対して直接患部を切開せずにカテーテルという細いチューブ(マイクロカテーテル1㎜強)を用いて治療を行う方法の総称です。もともと脳血管撮影という、脳の血管をカテーテルと造影剤を使って撮影する検査から発展した手術法です。全身の血管は大動脈を介してすべてつながっているため、足の付け根や肘の内側の血管など、体の表面近くを通る太い血管(鼠径部、手首、上腕、頚部など)からカテーテルを挿入し、脳の血管まで進め、さまざまな道具(コイル、閉塞/拡張用の風船のついたカテーテル(バルーンカテーテル)、ステントと言われる金属性の筒など)や薬品(血栓溶解剤、血管拡張剤、抗がん剤など)を用いて病気を治療します。
この治療法の利点は、一般的な開頭術による外科手術に比べ、患者さんに加わる侵襲が極端に少なく頭の中心部でも周辺の脳への影響を与えずに到達が可能であり、入院期間も短いなどのうえに、局所麻酔でも可能で、麻酔をかけるリスクがある高齢者、心臓や肺の悪い人などにも可能です。しかしながら、合併症を起こす可能性はどんな治療でもあり、またいまだにこの治療法だけで治し得ない場合もあります。
脳血管撮影は1930年代にEgas Monizにより始められ1953年にSeldinger SIによって選択的脳血管撮影が考案されました。
脳血管内治療は1960年にLuesenhop AJやSpenceWTらが脳動静脈奇形の閉塞にシリコン小球を用いたのが最初といわれています。脳動脈瘤塞栓材料の開発が続きます。1974年にSerbinenko FAによって離脱式バルーンが開発され脳動脈瘤の閉塞に用いられました。1991年にGuglielmi Gによって離脱式コイル(GDC coils)が開発され、その安全性と安定した閉塞性により脳動脈瘤の塞栓術が劇的に進むこととなりました(日本では1997年発売)。これを契機にこれまで手術困難な疾患に限って行われていた脳動脈瘤塞栓術がその限定を外れて幅広く行われるようになりました。
脳動脈瘤塞栓術以外に、心血管系においては以前から行われている狭くなった血管を広げる血行再建術(血管形成術PTA;Percutaneous Trans-luminal Angioplasty)/ステント留置術(Stenting)、血管に詰まった血栓を溶かしたり、除去したりして血流を再開させる局所血栓溶解療法/血栓回収療法、病変部に直接薬剤を注入する超選択的薬剤動注療法があります。塞栓術の対象には脳・脊髄動静脈奇形、脳動脈瘤、硬膜動静脈瘻、腫瘍性病変などがあり、血行再建術の対象には脳主幹動脈狭窄症、急性期脳梗塞、くも膜下出血後脳血管攣縮などがあります。
以下、疾患ごとに血管内治療について解説していきます。
脳動脈瘤とは、破れるとくも膜下出血を起こし死亡あるいは重篤な後遺症を残したり、また破れていなくてもその大きさによっては圧迫によって麻痺などの症状を呈する血管にできたコブ(瘤)のことです。コブの血管壁が薄くなったところは血流や血圧で破裂しやすくなっています。可能ならば破れる前に発見して瘤内への血流の遮断を行うのが望ましいです。実際、瘤の処置には2通りの方法があります。開頭、クリップにて瘤内への血流を遮断する、あるいはカテーテルを介して血流を遮断する方法です。開頭クリッピング術には皮膚切開、直接脳の構造物損傷などのリスクがあり、カテーテル手術では血栓塞栓のリスクがあります。いずれの加療にても完治は難しく治療にかなりのリスクを伴う場合には血圧管理などの保存的加療を行う場合もあります。
鼠径部、手首、上腕部、頚部のいずれかの動脈にまずシースという短いチューブを留置します。そのシースを介して直径3㎜程度の親カテーテルを病変のある頚動脈あるいは椎骨動脈に挿入・留置します。親カテーテルを介してマイクロカテーテルを瘤内まで進めて頚部形成用バルーン・ステントなどを用いて親血管の血流を確保しながら、瘤内への血流を遮断する塞栓術を施行します。塞栓術が終了したら親カテーテルを抜去し血管穿刺部の密閉を行う道具を用いてシースを抜去します。その後、当日は血栓塞栓や出血が起こらないか集中治療棟で経過をみます。
未破裂脳動脈瘤の治療が必要な理由は破裂すると生死にかかわり、重篤な合併症を伴うからです。いったん、くも膜下出血を起こすと、①問題なく社会復帰、②ハンディキャップを負って生存、③死亡─の割合はおのおの1/3ぐらいといわれています。未破裂脳動脈瘤の破裂率は国際未破裂脳動脈瘤調査(ISUIA)という欧米人を中心とした研究結果(1998,2003)により報告されています。7㎜以下で、前方循環の動脈瘤では年間0.5%以下、7㎜以上であれば大きさにより0.5~8%程度、後方循環の瘤では7㎜以下では0.5~0.7%、7㎜以上では数%以上と報告されました。
日本においては前方視的研究UCAS Japan(2001/1-2004/4)が行われ、5,720名6,697動脈瘤中、期間内に111名がくも膜下出血を生じ全体の年間出血率は0.95%でした。未破裂脳動脈瘤の破裂しやすさはその大きさ、前方循環か後方循環の瘤か、中央にある瘤か否か、不規則な形か否か、多発性か、くも膜下出血をきたした破裂動脈瘤に合併したものか、家族歴があるか、高血圧はあるか、喫煙歴があるか、などさまざまな因子が挙げられています。大きくなれば破裂しやすくなりますが、小さい動脈瘤でも前交通動脈瘤や後交通動脈瘤、不整な形状の瘤は破裂しやすいと思われます。
偶然発見された、未破裂動脈瘤をどのように治療するかは、自然経過でくも膜下出血を起こす確率と、そして治療を行った場合に起こりうる合併症の確率を考えたうえで最善と思われる加療を考えます。瘤自体の治療を行わない保存的療法、クリッピングによる開頭手術、血管内治療によるコイル塞栓術、開頭クリップとコイルの組み合わせのいずれかになると思われます。MRI(A)の急速な臨床活用に伴い未破裂脳動脈瘤の発見率が高まっており破れないうちの加療が勧められます。
その治療は上記の手法にてマイクロカテーテルを瘤内に挿入してコイル留置を開始します。最初に入れるコイル(形成コイルFirst coil または Framing coil)は瘤の径に合ったものを選び、血管壁に満遍なく添うように入れていきます。離断後、順次コイルの径を落としながらコイルを挿入離断(充填コイルFilling coil)を繰り返します。なるべく隙間を埋めるように入れていき無理のないように最後のコイル(最終コイルまたは仕上げコイルLast coil)を入れて離断する。広い口頚の場合にはバルーンにて頚部をまたぐように、また塞ぐようにして頚部を狭くして(バルーンによる頚部形成法balloon remodeling techniqueまたはballoon neck-plasty technique)コイルを挿入したり、瘤内に同時に2本のマイクロカテーテル(double microcatheter technique)を入れて交互にコイルを巻いて安定性を高めながら塞栓術を行うこともあります。
コイルによる動脈瘤の閉塞効果は留置コイル体積の動脈瘤体積に対する比(VER;volume embolization ratio)に依存することがわかり、柔軟で挿入しやすいコイルの開発が進められています。コイル体積に加え膨潤する吸水性高分子ポリマーをコイル表面にコートしたり、血栓化を促進する生体分解性重合体(PGLA;polygycolic lactide/acid)の糸で覆ったコイルなどが開発されています。瘤の頚部をまたいで頚部を新たに形成するように頭蓋内用のステントを留置し、血管壁とステントの間(把持法jailing method)もしくはステントの孔(孔経由法trans-cell method)を介してマイクロカテーテルを挿入しコイル塞栓術を行います。
最近、瘤内にコイルなどは入れずに瘤閉塞を行うFlow Diverter(血流調整)ステントが出現し、簡単で安全な閉塞に期待が寄せられています。
60歳女性、大きさは小さいながら広口径の左内頸動脈瘤(頚部径/ドーム径/高さ=Neck/Dome/Height=2.48/3.87/25mm)の方です(図1-a)。バルーンにて頚部を形成し1本のマイクロカテーテルにてコイル塞栓術(図1-b,c)を施行しました。
今までに経験したことのない頭痛や吐き気、嘔吐、あるいは意識障害にて発症するくも膜下出血の原因となるのは破裂脳動脈瘤です。くも膜下出血をきたした脳動脈瘤におけるコイル塞栓術と開頭クリッピング術を比較した国際共同研究(ISAT;international subarachnoid aneurysm trial2002,2009)では、コイル、クリップのいずれも選択可能な患者さん2,143例中、コイル塞栓術1,073例、クリップ1,070例を検討しています。1年後の中間解析にて要介助・死亡率がコイル群23.7%とクリップ群30.6%に対して優位に少ない(P=0.0019)ことより登録は中止となりました。コイル塞栓術にて治療した動脈瘤からの再出血はごく少数で、5年後の生存者群における介助不要者の割合は両群で差がないことがわかりました。このことにより両治療法が可能な場合にはコイル塞栓術のほうが同程度かそれ以上の効果があると考えられます。
塞栓術の手法は未破裂脳動脈瘤の際と同様ですが、再出血予防のために鎮痛・鎮静あるいは全身麻酔下にて収縮期血圧を厳格に120㎜Hg以下にコントロールします。術後はくも膜下出血後に生ずる脳血管攣縮予防のため点滴・リハビリ加療を施行します。
66歳女性。くも膜下出血(図2-a)を伴う広口径の破裂内頚動脈-後交通動脈瘤(図2-b)の方。バルーンにて頚部を形成し2本のマイクロカテーテルにてコイル塞栓術(図2-c,d)を施行しました。
脳動静脈奇形(AVM;arterio-venous malformation)は胎生早期の毛細血管の発生異常に起因する動静脈の短絡を主体とする異常血管(ナイダスNidus)で約半数は出血にて発症し、頭痛やてんかんの精査や脳ドックにて発見されることもあリます。AVMに対する塞栓術は固形粒子、液体塞栓材料などが試みられてきました。粒子にはスポンゼルSpongelやアイバロンPVA(Ivalon)があり、液体には粘着性のヒストアクリル(接着剤NBCA(n-butyl-cyanoacrylate))+リピオドール、非粘着性のオニキスOnyx、エバールEVAL(ethylene vinyl alcohol copolymer)などがあります。粒子は栄養血管の一時的塞栓で根治には至らず液体塞栓材料は血管奇形自体(ナイダス)を閉塞することも可能なので根治も可能なことがあります。血管内治療による根治率は10%前後です。ガンマナイフなどの放射線治療前や外科的切除術前の塞栓術が多く行われています。
59歳男性。けいれん、脳出血にて発症した破裂脳動静脈奇形(図3-a)の方です。マイクロカテーテルを介して液体塞栓材料(NBCAシアノアクリレート)にて閉塞術(図3-b)を行いました。奇形を含めた流入血管の塞栓塊がみられます。ほぼ塞栓でき、後日完全閉塞を確認しています。
硬膜動静脈瘻は、脳静脈洞に動脈からの吻合が直接生じ毛細血管、組織実質を介さずに動脈血が直接静脈に流れ込む疾患です。瘻孔と呼ばれる狭い通路を動脈血が通るときに起こる血管性雑音、静脈性高血圧により静脈性梗塞、脳出血、くも膜下出血、けいれんを生ずることもあります。通常は静脈洞の閉塞や狭窄により起こり後天性といわれています。眼球内側部の内頚動脈サイフォン部にできる頚動脈海綿静脈洞瘻による症状は血管性雑音、眼球結膜充血、複視がみられます。その他の場所では血管性雑音、けいれん発作、脳出血などで発症します。マイクロカテーテルを流入動脈へ挿入してコイルや液体塞栓材料、瘻孔部の流出静脈洞部にマイクロカテーテルを進めて同部をコイルにて閉塞することで軽快できます。
52歳男性。耳鳴りにて発症した横静脈洞部硬膜静脈洞(図4-a)の方です。マイクロカテーテルを介してコイル、液体塞栓材料(NBCAシアノアクリレート)にて閉塞(図4-b,c)を行い、コイル、液体塞栓材料の塞栓塊がみられます。完全閉塞を行いました。
当初は拡張用バルーンにて広げるのみでしたが、術中生ずる血栓・塞栓(デブリ)による合併症が問題となり下火となりました。その後、血栓回収デバイスの開発によりその件数は急激に伸びています。頚部頚動脈狭窄症に対しては、標準的な治療として頚動脈血栓内膜剥離術(CEA;Carotid End-Arterectomy)という、首の部分を10㎝ほど切開して血管を露出し、狭窄の原因となっているアテロームといわれる血管壁に付着したゴミを取り除く手術が広く行われてきました。手術危険患者において、CEA群とステント留置術群を、無作為に振り分けて、どちらが有効かを検討した研究結果SAPPHIRE(Stenting and angioplasty with protection in patients at high risk for endarterectomy)2004が報告されました。米国の29施設で行われ対象は、①無症状の80%以上の狭窄症、②症状の出ている50%以上の狭窄症で、手術の危険性が高いと判断された(心不全、冠動脈疾患、肺疾患など)患者さんです。どちらの治療も可能と判断した307人の患者さんをくじ引き試験で無作為に振り分けました。30日以内の有害症状(死亡、脳卒中、心筋梗塞)の発生率は、CEA群では12.6%、ステント留置術群では5.8%で、ステント留置術群のほうが有意に治療成績は良好との結果より、ステント留置術が普及することとなりました。この手術の危険性が高いとされていた患者さんに対して、ステントといわれる筒状の金属を留置して血管を拡張する手術が行われています。
血栓回収法には狭窄部の近位部バルーン閉塞、遠位部バルーン閉塞、遠位部フィルター留置などがあります。われわれは独自の近位部バルーン閉塞法のMouse Trap法を開発しデブリを回収・濾過し、その血液は体内に再度戻しています。遠位部のみのバルーン閉塞やフィルター留置があります。これらの血栓塞栓予防デバイスにより、より安全に頚動脈起始部のステントが行われるようになりました。
60歳男性。左片麻痺にて発症した右頚部内頚動脈狭窄症(図5-a)の方です。狭窄の近位部の一時血流遮断を行いながら前拡張(図5-b)、ステント留置、後拡張(図5-c)を施行しました(図5-d)。病巣部の血栓塞栓は注射器にて血液を吸入して濾過にて排除し血液は体内に戻しました。
74歳女性。右頚部内頚動脈狭窄症(図6-a)の方です。狭窄の遠位部に血流は確保でき血栓などを濾過できるフィルターワイヤーを置きステント留置、後拡張(図6-b)を施行しました(図6-c)。
頭蓋内の動脈狭窄病変に対してもバルーンによる血管拡張、さらにはステント留置術が行われています。頭蓋内用のステントの出現によってかなり行われるようになりました。
75歳男性。脳幹梗塞にて発症した脳底動脈狭閉塞(図7-a)の方です。狭窄部を前拡張後(図7-b)、頭蓋内用血管形成ステントを留置(図7-c)しました。
急性期脳動脈閉塞が発症した4.5時間以内であればtPA静脈投与による血栓溶解術が行われています。施行後1時間以内で再開通しない場合、かつ発症から6時間以内ならステント型デバイスにて血栓回収術も行います。
74歳男性。右片麻痺、運動性失語にて発症した左内頚動脈狭閉塞(図8-a)の方です。閉塞部近位部にバルーンカテーテルを留置しながら血栓回収ステントにて血栓の回収(図8-b)を施行しました。完全再開通(図8-c)を得ています。
腫瘍によっては血管にとんでいる場合には外科的手術中に不用意な出血を生ずることがあります。腫瘍切除を行う際に出血を抑えるために事前に固体粒子や液体塞栓材料などを用いて腫瘍に流入する栄養動脈の閉塞を行います。