消化器外科の病気:食道がん
中高年で男性の罹患・死亡率が高い
食道は喉と胃をつなぐ40〜45cm程度の消化管です。食道は管腔の内側から粘膜・筋層・外膜から構成されており、食道がんはこの粘膜から発生する悪性腫瘍です。
2016年のがんの予測統計では、男性の予測罹患数が19,500人、女性は3,300人でがん罹患数全体の4%、1%を占めます。また男性の死亡数は9,300人、女性の死亡数は1,900人とされ、同じくがん死亡数全体の4%、1%を占めます(国立がん研究センターがん情報サービスganjoho.jp)。罹患率、死亡率とも特に50歳以降の男性で高いことが特徴です。
また、死亡率は男性では2000年ぐらいから、女性では1970年ぐらいから減少傾向にありますが、罹患率は男女ともわずかに増加傾向です。(「がん・統計白書2012」篠原出版新社)
食道がんの発生する場所は胸部中部食道が最も多く、次いで胸部下部、胸部上部、腹部食道、頚部食道の順になっています。
食道癌取り扱い規約第11版(金原出版)
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Ce |
頚部食道 |
Ut |
胸部上部食道 |
Mt |
胸部中部食道 |
Lt |
胸部下部食道 |
Ae |
腹部食道 |
食道癌の分類には「食道癌取り扱い規約」(金原出版)が用いられています。日本人では食道がん全体の90%を扁平上皮がんが占めます。残りは腺がんのほか腺扁平上皮がん、神経内分泌腫瘍などの稀な腫瘍があります。
飲酒と喫煙が危険因子
日本人に多い、扁平上皮がんは飲酒、喫煙が発症の危険因子とされています。飲酒と喫煙が相乗的に作用してリスクを上げることも報告されています。飲酒と発がんの関連の原因として、アルコールの代謝物であるアセトアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素のはたらきの違いが影響しているとも報告もあります。欧米人で多い腺がんは逆流性食道炎、バレット食道、肥満が危険因子とされています(New England Journal of Medicine 2003など)。
進行期では食べ物のつかえ感
食道がんの初発症状は狭窄、嚥下困難、胸痛、胸部違和感といわれていますが、無症状であることも多いです。特に粘膜下層までの早期食道癌では6割近くが無症状といわれています。
進行期ではがんによる食道の狭窄から食べ物がつかえる感じがしたり、嚥下困難から食事摂取が減って体重減少をきたしたりします。胸痛・背部痛や咳・血痰、嗄声(しゃがれ声)などがみられる場合には相当進行している可能性があります。
原発巣の深達度や病期を診断
検査としては原発巣(もともとがんが発生した食道の部位)の深達度診断(がんがどの深さまで食い込んでいるか)、リンパ節転移の診断、遠隔転移の診断を行い、病期(進行具合)を判断します。
- 上部消化管内視鏡検査
- いわゆる胃カメラです。入口の咽頭喉頭から胃の先の十二指腸まで直接見ることができます。早期食道がんの90%は内視鏡検査で発見されています。何か異常があった場合には悪性かどうかなどの診断のため生検(組織を採取して検査すること)が可能です。カメラで直接見るだけでなく、細かく病変を確認するために、色素を散布する色素内視鏡のほか狭帯域光観察(NBI:narrow band imaging)も行います。
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食道がんの内視鏡所見
生検の様子:がんかどうか調べるために組織を採取
ヨード散布:がんの範囲を調べるためにヨウ素を散布しています
狭帯域光観察(NBI :narrow band imaging)による検査です
超音波内視鏡検査:がんの深達度の診断などのために、超音波内視鏡を併用することがあります
- MRI(核磁気共鳴画像法)
- 強力な磁気を利用して画像を撮影する検査です。がんの周囲への浸潤などを調べる際に行うことがあります。
- PET-CT(ポジトロン断層法-CT)
- PETのなかでもがんの診断では、体の組織での糖の代謝の変化を画像化するFDG-PETが用いられます。また、最近は同時にCTを行い画像を合成して見ることができるPET-CTが多く行われています。通常のCTで判断が難しい遠隔転移を調べるために行うことがあります。
- 食道造影検査
- バリウムを飲んでレントゲン撮影を行う検査です。バリウムの陰影からがんの場所や大きさ、深さなどを推測します。
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- CT(コンピューター断層撮影)
- 放射線を利用して人体の断面画像を見る検査です。食道がんの場合には周囲への浸潤、リンパ節転移の有無、遠隔転移(肺、肝臓、骨などへの転移)の有無などを調べるために行います。
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病期に応じて内視鏡や外科手術で治療
日本食道学会より「食道癌診断・治療ガイドライン」(金原出版)が出版されています。また、日本癌治療学会のホームページ(http://www.jsco-cpg.jp/)にはがん診療ガイドラインとして「食道癌診断・治療ガイドライン」の一部が掲載されています。
食道がん治療のアルゴリズム(「食道癌診断・治療ガイドライン」2012年4月版より)

- 0期食道がん
- 粘膜内にとどまるがんが相当します。内視鏡的治療が適応になります。がんが粘膜の一番上層である粘膜上皮、もしくはその一層下層の粘膜固有層にまでにとどまっている場合はリンパ節転移の可能性は低く、内視鏡切除のみで治療が完結します。しかし、粘膜の最下層である粘膜筋板までがんが及んでいる場合にはリンパ節再発や他の臓器への転移の報告もあり、患者さんの年齢や全身状態をもとに追加治療を検討します。
- I期食道がん
- 粘膜下層まで浸潤を認めるがんが相当します。リンパ節転移の可能性が高いため外科手術もしくは化学放射線療法が選択肢となります。また、内視鏡による切除を行った結果、がんの浸潤が粘膜下層まで達していた場合には、追加治療として外科手術、化学放射線療法などをあらためて行うことが勧められます。
- Ⅱ〜III期食道がん
- 術前化学療法としてFP療法(5-フルオロウラシル+シスプラチン)を2サイクル施行した後に根治切除を行います。
これは、2003年にJournal of Clinical Oncologyに掲載された、国立がんセンターなど大学病院など含む17の施設から242人が参加して行われた臨床試験(JCOG9204試験)、2012年にAnnals of Surgical Oncologyに掲載された、12の施設から330人が参加して行われた臨床試験(JCOG9907試験)の結果にもとづくものです。前者の試験では、術後に抗がん剤治療を行った方が手術のみに比較して再発を抑制すること示されています。また、後者の試験では手術前に抗がん剤を行うものと手術後に行うものを比較し、手術前に行ったほうが有意に生存が改善されたことが示されています。
術前化学療法はシスプラチン、5-フルオロウラシルの2剤を併用して行います。この治療を3週間ごとに2回行ってから手術を行います。
FP(シスプラチン+5-FU)療法
1週目 |
1日目 |
2日目 |
3日目 |
4日目 |
5日目 |
6日目 |
7日目 |
シスプラチン5-フルオロウラシル |
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2週目 |
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3週目 |
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手術は標準的な治療としては食道亜全摘およびリンパ節郭清が勧められます。食道は頸部から腹部に及ぶ臓器ですので、手術の範囲も同様に広くなります。開胸してがんのある食道と周囲のリンパ節を切除した後に、開腹して胃の上部まで切除し、胃を形成して食道の代わりとなる胃管を作成します。その胃管を頸部までつり上げて頸部の食道と吻合します。胃にがんがある方、胃切除後の方は胃管を用いることができませんので、大腸などを用いて再建します。
頚部食道がんの場合には小腸を用いて再建を行います。胃管などを通す場所として、もともと食道が通っていた場所(後縦隔)を通して再建する後縦隔経路、胸骨の裏側を通して再建する胸骨後経路、胸骨の前側(皮膚の下)を通して再建する胸骨前経路があります。一般的には胸骨後経路、後縦隔経路が用いられます。
手術時間は6〜10時間程度かかる非常に大きな手術になります。最近は胸腔鏡および腹腔鏡を使用して小さな傷で手術を行う場合もあります。
手術不耐と判断された場合、手術を希望されない場合には根治的化学放射線療法を検討します。
- IVa期食道がん
- 周囲へ浸潤を認めるがん、遠くのリンパ節まで転移を認めるがんなどが相当します。術前化学療法により切除が期待できる場合には、II~III期と同様に術前化学療法としてFP療法(5-フルオロウラシル+シスプラチン)を2サイクル施行した後に根治切除を行います。
治癒切除が難しい、手術に不耐と判断された場合、手術を希望されない場合には根治的化学放射線療法を検討します。
根治的化学放射線療法は、2004年にJapanese Journal of Clinical Oncologyに掲載された、化学療法と放射線療法の同時併用第II相試験(JCOG9516試験)の治療法に準じて行われるもののほか、2002年にJournal of clinical oncologyに掲載された米国での第III相試験(RTOG9405/INT0123試験)に基づく療法も行われます。前述の術前化学療法と同様にシスプラチンと5-フルオロウラシルを使用します。放射線治療は6週間にわたりますが、その1週目および5週目に化学療法を行います。
FP-R療法(JCOG試験にもとづく)
1週目 |
1日目 |
2日目 |
3日目 |
4日目 |
5日目 |
6日目 |
7日目 |
シスプラチン5-フルオロウラシル |
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△ |
△ |
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△ |
△ |
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2週目 |
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△ |
△ |
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3週目 |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
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4週目 |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
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5週目 |
29日目 |
30日目 |
31日目 |
32日目 |
33日目 |
34日目 |
35日目 |
シスプラチン5-フルオロウラシル |
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△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
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6週目 |
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△ |
△ |
△ |
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※△は放射線治療
化学放射線療法が困難な場合には、症状緩和のための食道ステント留置、栄養のための胃瘻造設などを検討します。
- IVb期食道癌
- 肝臓、肺などに遠隔転移を認めるがんが相当します。治癒が望めないことが多いため、延命治療としての化学療法、緩和治療としての放射線療法・化学放射線療法が行われます。
これまでに治療歴のない方にはFP療法を、治療歴のある方はパクリタキセル、ドセタキセルを使用します。症状緩和のための食道ステント留置、栄養のための胃瘻造設なども検討します。
Ⅳ期の5年生存率は約1割
病期ごとの5年生存率(がん以外の死亡を補正した相対生存率)はI期83.7%、II期48.8%、III 期26.4%、IV期11.2%と報告されています(全がん協加盟施設生存率共同調査2003-2007年)。
βカロテンやビタミンCがリスク下げる?
有効な予防法はありません。リスクを下げる要因として、果物・非デンプン野菜・食物に含まれているβカロテンやビタミンCの摂取などが可能性として挙げられていますが(世界がん研究基金・米国がん研究協会2007)、摂取量を正確に把握することが難しいこと、そもそも発がんに対する食事の影響が大きくないことから、どの程度影響を与えているかを明らかにするのは難しいと考えられます。このため、これらの摂取により食道がんの発症を予防するまでには至っていません。