徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

徳洲新聞ダイジェスト

Tokushukai medical group newspaper digest

2018年(平成30年)3月5日 月曜日 徳洲新聞 NO.1123 一面

東日本大震災からもうすぐ7年
被災地の医療を継続支援
宗像・湘南藤沢徳洲会病院院長

2011年3月11日、午後2時46分――未曽有の被害をもたらした東日本大震災。それから間もなく7年が経過する。各被災地で少しずつ復興が進むなか、湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)の宗像博美院長は福島県の医療を継続的に支援。昨年10月からは浪江町にオープンした国保診療所に月1回赴き、専門の消化器領域を中心に地元の方々を診療している。宗像院長は「この町が元に戻るまで40年かかると言われています。皆が少しずつかかわり、徳洲会グループ全体で支援できれば」と、さまざまな専門職の協力を求めている。

「多様な職種で少しずつ応援を」

患者さんの話に耳を傾ける宗像院長(奥) 患者さんの話に耳を傾ける宗像院長(奥)

福島県浪江町は11年3月、東京電力福島第一原子力発電所事故により、国の原子力災害対策本部から町内全域に避難指示が発令された。町内の各エリアは、空間の放射線量が低い順に①避難指示解除準備区域、②居住制限区域、③帰還困難区域に指定。その後、①と②の区域で立ち入りが許可され、除染、インフラの復旧、生活基盤の再生を集中的に進めた結果、昨年3月末に避難指示が解除、人口2万1000人のうち300人程度が戻った。約1年が経過した現在は500人程度にまで増えている。

内視鏡検査で重篤な疾患が見つかるケースも 内視鏡検査で重篤な疾患が見つかるケースも

宗像院長が東日本大震災で被災した福島県を初めて支援したのは2011年。当時は埼玉県にあるJCHO(独立行政法人地域医療機能推進機構)運営の病院に勤務しており、発災直後に、さいたまスーパーアリーナに避難してきた福島県双葉町町民に対応した。「地区医師会で救急医療・災害医療の担当理事を務めていたことから、アリーナで診ていただける医師の調整も行っていました」。

翌年、福島県二本松市に浪江町の仮設診療所が開設されると、JCHO内で「何か応援できないか」との話が浮上。もともと近隣にあったJCHO運営の病院を中心に複数のJCHO病院による診療支援が開始された。同県出身の宗像院長が自ら名乗り出て、15年まで月数回のペースで診療をサポート。16年、湘南藤沢病院に入職後、国保浪江診療所(無床)の開院を知り、月1回の訪問を申し出た。

医師の監督下で看護師が調剤 医師の監督下で看護師が調剤

同診療所は町役場に隣接し、町唯一の医療機関として昨年3月28日にオープン。現在、常勤の医師1人、看護師3人、診療放射線技師1人と非常勤の事務職員2人という体制で、ほかに宗像院長を含む県外からの応援医師が訪れている。設備はX線、CT(コンピュータ断層撮影装置)、電子内視鏡、超音波診断装置、血圧脈波検査装置、多機能心電図、小型HbA-1c測定装置、尿分析装置、電子カルテなどを完備。

同診療所の患者数は多い時でも1日に20人程度。ほとんどが高齢の患者さんであるため、宗像院長と所長の木村雄二医師の2人で主に慢性疾患に対応している。

「少しでも地域のお役に立てれば」と木村所長 「少しでも地域のお役に立てれば」と木村所長

なかでも、宗像院長が期待されているのは専門の消化器分野の診療。内視鏡を用いた治療のほか、超音波検査では今まで実施した4人中3人に甲状腺腫瘍を見つけ、2人を病院に紹介した。木村所長も「消化器のことはすべて宗像先生にお任せしています」と全幅の信頼を寄せる。

宗像院長は「本当に患者さんから教えられることが多い。素直で決して弱音を吐かない。人としての強さ、生きていくうえでの原点を学んでいます」と、患者さんと話すだけでも「ここで診療する意義を感じられます」という。

「地域の方々の健康を支える浪江診療所。木目調の温もりに加え、天井が高く開放感も 地域の方々の健康を支える浪江診療所。木目調の温もりに加え、天井が高く開放感も

診療のかたわら、今後は山積する課題解決にも取り組む覚悟だ。ひとつは診療科の充実で、「高齢の患者さんが多いため、今後は整形外科や皮膚科などが必要になると想定されます。整形外科領域では変形性膝関節症患者さんが少なくありません」と指摘。また、「診療科が限られているため不安で故郷に帰れない、という人も少なくない」と、多様な診療科を掲げる必要性も強調。

実際、取材時に「医師不足のなか、いろいろなところから来ていただいているのはありがたいです。欲を言えば、歯科などがあるといいですね」という声も聞かれた。

少しずつ復興に向かう浪江町。今なお震災の爪痕が残る場所も 少しずつ復興に向かう浪江町。今なお震災の爪痕が残る場所も

もうひとつは医療機関の機能分化と連携。宗像院長は、とくに救急搬送を挙げ、「当診療所から最も近い総合病院は20㎞以上離れていますし、町立の診療所は土日が休診となるため、輪番制の導入など、対応法について擦り合わせが不可欠です」と訴える。「来年には隣町に医療センターが新たにオープンする予定ですが、いずれにしても現状では医療機関の機能分担と連携が不可欠だと思っています」。

解決策として「できるだけ多くの専門職がかかわり、支援を継続することが大事」とアピール。現在、湘南藤沢病院では2人の若手医師が協力を希望しており、宗像院長も「頼もしい仲間も育ってきており、いずれはチームを組みたい」と期待を寄せる。宗像院長は「浪江町が元に戻るには、40年かかると言われています。それだけの長期間を支援するには、ひとりに負担がかからない仕組みが必要」と、支援の協力者を求めている。

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