徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

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Tokushukai medical group newspaper digest

2017年(平成29年)11月13日 月曜日 徳洲新聞 NO.1108 一面

奄美・離島医療の未来 語らう
鈴木・徳洲会理事長ら座談会
名瀬徳洲会病院 開院20周年記念

名瀬徳洲会病院(鹿児島県)は11月3日、奄美大島で開院20周年記念座談会を開いた。鈴木隆夫・医療法人徳洲会理事長、東上震一・医療法人徳洲会副理事長、奄美群島内の徳洲会グループ医師ら15人が参加。奄美をはじめ離島医療の現状や未来について意見を交わした。その後、記念式典・祝賀会も挙行。徳洲会職員だけでなく、行政や名瀬健康友の会、名瀬徳洲会、グループ外の医療機関関係者ら215人が出席し、名瀬病院の節目を祝った。

“ドクタージェット”導入を提案

忌憚のない意見が飛び交う座談会 忌憚のない意見が飛び交う座談会

座談会は名瀬病院の松浦甲彰院長が座長を務め、フリートーク形式で行った。会では主に人材確保、臨床について意見が集中。人材確保では東上・副理事長が「ひとつの形」として、和泉市立病院(大阪府)の尾野亘副院長が、岸和田徳洲会病院(同)に勤務していた頃から実践している消化器内視鏡チームの離島医療サポート例を挙げた。

出席者からは賛同する声のほか、徳洲会グループ全体での離島サポートシステム化を問う声も聞かれた。各離島の病院は都市部の病院の支援を受けながらも、「都市部の病院の厚意だけでは、いずれサポートが間に合わなくなるのでは」と危機感を示唆。

「都市部の病院で各診療科の部長など要職に就く際は、離島医療の経験が必要」など、グループ全体で踏み込んだスキームを構築することが大切という意見が出た。これに理解を示す声が上がった一方で、応援医師が頻繁に変わるため、診療内容が変わることに不安を抱く患者さんがいることを指摘する参加者もいた。

「医師だけでは術後管理ができない」など、医師以外のスタッフの確保・育成も含めて検討を望む声も聞かれた。

座談会の参加者

鈴木 隆夫医療法人徳洲会理事長
東上 震一医療法人徳洲会副理事長(岸和田徳洲会病院院長)
松浦 甲彰名瀬徳洲会病院院長(鹿児島県)
※ 座長
満元洋二郎名瀬病院総長
平島  修徳洲会奄美ブロック総合診療研修センター長
小田切幸平名瀬病院産婦人科部長
高橋 正憲名瀬病院麻酔科医長
津畑  学名瀬病院内科医長
久志 安範与論徳洲会病院(鹿児島県)院長
岡  進笠利病院(同)院長
浦元 智司喜界徳洲会病院(同)院長
藤田 安彦徳之島徳洲会病院(同)院長
寺倉 宏嗣あまぎユイの里医療センター(同)院長
中熊 秀喜鹿児島徳洲会病院総長
尾野  亘和泉市立病院(大阪府)副院長
臨床に関する環境では、患者さんや研修医から寄せられる意見をふまえ、血液培養など検査結果が出るまでの時間短縮化、腹腔鏡(ふくくうきょう)手術の実施体制の整備などが課題として浮き彫りとなった。輸血もテーマに上がり、鈴木理事長が輸血後に起こる可能性のある病気GVHD予防のための放射線照射装置が設置されているはずと各病院の環境を今一度確認するよう呼びかける場面も見られた。

医療従事者の移動や患者さんの搬送の観点から、東上・副理事長は定員6~8人程度の小型固定翼機を“ドクタージェット”として徳洲会で運用する案を提示。参加者からは「ヘリより機内が静か。患者さんのベッドを設置すれば会話しながら治療もできる」と賛意が寄せられた。

このほか、「不安から都市部や鹿児島本土の病院で受診する患者さんがいる」との意見をふまえ、平島修・徳洲会奄美ブロック総合診療研修センター長が地域の方の声を吸い上げるとともに、情報を発信する必要性を強調。月1回、地元の公民館で地域の方々と座談会を行っていることを明かし、徳洲会を知らない方との交流や厳しい声に耳を傾け「不安を解消していくことが大事」と訴えた。

地域社会の担い手堅持 松浦院長が感謝と決意

功労者として感謝状が贈られた13 人と松浦院長(後列左) 功労者として感謝状が贈られた13 人と松浦院長(後列左)

座談会後の記念式典では、はじめに鈴木理事長が挨拶。名瀬病院は徳洲会が存続の危機に立たされたなか、誕生したエピソードを紹介した。「約20年前、グループの経営が厳しく、銀行団から名瀬病院を建てるなら一斉に融資を引き上げると言われました。しかし、徳田虎雄・前理事長は『奄美に病院をつくるために生まれ、医師になった』と強行しました」。

その後も“血のにじむような戦い”が続いたものの、職員の団結力、外国の銀行の支援などで困難を乗り越えたことを明かした。最後に列席者にあらためて謝意を示し、「医療は患者さんのためにあります。いつでも、どこでも、誰にでも最善の医療を提供する努力を続けます」と誓った。

東上・副理事長、満元洋二郎・名瀬病院総長の挨拶の後、松浦院長が登壇。名瀬病院開院当時、人員不足や経営難の状況下での船出、医療環境がすでに整っていた地域事情から、開設に疑問を抱いていたと告白。既存の医療機関との連携不足、政治的思惑を指摘されながらの運営も「決して心地良いものではありませんでした」と吐露した。

それでも徳田・前理事長が開設に全力を尽くし、今では名瀬病院がグループの離島病院を支援する役割も期待されるまでに発展した現状を説明。「何ゆえ無理を押しての開設だったのか。今、あらためて理解されます」と感慨深げに話した。

余興で喜納昌吉さんの『花〜すべての人の心に花を〜』を披露する(右から)泊清美・介護福祉士、澁谷南・歯科口腔外科医師、禎智恵子看護師(松浦院長企画の院内イベント「飲まずにカラオケ大会」で予選を突破した本選の上位3人) 余興で喜納昌吉さんの『花〜すべての人の心に花を〜』を披露する(右から)泊清美・介護福祉士、澁谷南・歯科口腔外科医師、禎智恵子看護師(松浦院長企画の院内イベント「飲まずにカラオケ大会」で予選を突破した本選の上位3人)

この間、同院を支援するため訪れた医師が1019人に上ったことに対し、謝意を表した。20年間で最も思い出深いエピソードとして、2012年の徳田・前理事長の沖縄・奄美群島視察を紹介。最後に「今後も地域社会の担い手としての立場を堅持していくことを約束します」と決意を表明。

来賓を代表して朝山毅・奄美市長らが祝辞を述べた後、松浦院長が功労者として個人4人、3団体9人に感謝状を贈った。祝賀会では、地元出身のアーティストによる歌や職員による余興などを行った。奄美民謡『六調』に合わせて出席者が踊ったりするなど、にぎにぎしいまま閉会した。

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