2020年(令和2年)4月20日 月曜日 徳洲新聞 NO.1232 一・二面
大型クルーズ船
新型コロナ感染者受け入れプロジェクトの全貌
院内感染なくクルー全員が無事退院
葉山ハートセンター 一般病院として最善手を講じる
世界で猛威を振るう新型コロナウイルス。国内でも感染拡大のペースが速まっている。こうしたなか、神奈川県にある徳洲会グループ病院のひとつ、葉山ハートセンターでは、2月3日に横浜港に到着し集団感染の発生が確認された大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の30~60代のクルー(乗組員)男女計10人の感染者を、国の要請に応え受け入れた。全員軽症で、3月14日までに全員がPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査で陰性に転じたことを確認し退院。このほか地域の陽性患者さんも受け入れ、16日に3人とも転院した。クルーたちの退院後、対応にあたったスタッフ全員もPCR検査で陰性を確認した。
田中院長 「近隣の静かな見守りに感謝」
「院内感染を起こさず、クルー全員が無事に退院できました」と田中院長
約3700人の乗客とクルーが乗り込んでいたダイヤモンド・プリンセス号の船内で、計712人に上る感染者が発生(4月15日時点)。このうちクルー10人を葉山ハートセンターは受け入れた。
診療にあたった同院の田中江里院長は「今回のクルーの受け入れは、徳洲会全体のミッションとして、看護師の応援や物品の優先的な補充など徳洲会グループの協力を得ながら取り組みました。受け入れたクルーは微熱や咽頭(いんとう)痛、軽いせき、味覚障害、鼻汁など軽症がほとんどで、30代の若いクルーが入院3日目にレントゲン画像に肺炎を疑う陰影を認めましたが、徐々に改善しました。臨床的に症状がないのに陽性の検査結果が出たり、一度、陰性となっても二度目の検査で陽性になったりしたクルーもいて、最後まで気が抜けませんでした」と振り返る。
クルーの受け入れ前に感染防護具の着脱方法など確認
受け入れ時の段取りなどを事前にシミュレーション
同院は受け入れに際して「今回のミッションの目標」を策定。①いかなる患者さんにも冷静に医療人として接し、秘密を守り、生命を守る、②スタッフは任務を終えるまで100%感染しない、③そのために安全に配慮した防護服着脱、手指衛生などを徹底――を揚げ、クルーやスタッフを守ることを明確に宣言した。
「未知のウイルスであり、当時は今よりも情報が少なかったこともあり、経過の予測が難しく、いつ急に悪化するか、わからなかったため、入院から4~5日目まではスタッフ全員、大変な緊張を強いられました。状態が悪くなった場合に転院先を確保できるかどうかも大きな不安でした。また、感染防護具を付けていても『本当に、これで100%大丈夫なのだろうか』という不安が、ずっと付いて回りました。近隣住民の方々には静かに見守っていただいたことに感謝しています。スタッフへの感染を防ぎながら、クルーが全員無事に陰性となって退院できたので、安堵(あんど)しています」と田中院長は胸をなで下ろす。
徳洲会全体のミッション 完全隔離病棟を立ち上げ
感染予防に注意を払いながら食事提供
徳洲会グループに対して厚生労働省から大型クルーズ船のクルー受け入れ要請があったのは2月17日のこと。「関東圏内の徳洲会病院で、病棟単位でまとまった人数の陽性患者さんを受け入れてほしい」という要請だった。その翌日には、あらためて厚労省幹部から一般社団法人徳洲会(社徳)の福島安義・副理事長に電話があり、「陽性患者さんの受け入れ先の確保に苦慮しているため、徳洲会に協力してほしい」と直談判。
この要請を受けた直後の19日、社徳の鈴木隆夫理事長が葉山ハートセンターを訪問し、田中院長と協議を重ね、受け入れを正式に決定した。翌20日、同院の8時会(午前8時の部署長会議)と朝礼に参加した鈴木理事長は、職員に向け、受け入れることになった経緯を説明するとともに協力を依頼。
すぐさま徳洲会グループを挙げて、感染対策として建物の一部改修や、感染防護具など必要物品の搬入を開始した。厚労省や保健所との連絡・調整などは社徳医療安全・質管理部の野口幸洋・課長補佐が担った。
同院は感染症指定医療機関ではなく、病原体の室外流出を防ぐ陰圧室も備えていない。今回、同院が10人単位で新型コロナウイルスに感染したクルーを受け入れ、無事に退院まで導くことができたのは、田中院長はじめ対応にあたったスタッフたちの尽力や徳洲会グループの支援によるところが大きい。加えて同院建物の構造や地形が有利に働いた。
移動型X線撮影装置で胸部撮影
同院は相模湾に面した国道沿いに立地しA棟、B棟、C棟の3棟で構成。このうちクルーが入院したB棟は、A棟と細い通路で接続しているのみで、他の棟から独立したつくりとなっている。それまでB棟は人間ドックや外来の一部、物品倉庫として利用している以外は、空き病棟の状態になっていた。
また、B棟の裏手に回り込む坂道を登っていくと、直接、B棟の屋上にアクセスでき、屋上にある塔屋からの出入りが可能。傾斜地にある建物構造だったことから、他の一般患者さんと動線が一切交わらず、物理的にまったく異なる療養空間を確保することができた。B棟は人間ドックや外来の機能を一時ストップし、感染者の受け入れ専用病棟に転換を図ることができた。
一方で、この動線では感染者の自力歩行が難しい緊急時の搬送や、大きな荷物を運搬する際にはネックになるため、当初から軽症者のみを受け入れる方針に決めていた。
関東の徳洲会病院から応援看護師が続々参集
完全分離した動線からクルーを病棟に誘導
看護スタッフの確保にも奔走。徳洲会グループのスケールメリットを生かし、クルー受け入れを決めてから間もなく、徳洲会関東ブロックの病院から葉山ハートセンターへの看護師の支援調整を開始した。調整の結果、湘南鎌倉総合病院(神奈川県)、茅ヶ崎徳洲会病院(同)、大和徳洲会病院(同)、静岡徳洲会病院に所属する看護師が応援業務に従事することが決定した。
準備を始めた20日のうちに、ベッドや床頭台、ナースコール、対応するスタッフのための使い捨てのガウンやゴーグルなど物品の搬入を完了。最大32人(4人部屋×8室)の受け入れ体制を整えた。21日にはA棟に通じる通路に突貫工事で壁をつくり完全に遮断。22日に応援スタッフとの顔合わせを行い、グループ病院の感染管理認定看護師の助言の下、感染防護具の着脱のシミュレーションやレッドゾーン(汚染区域)、グリーンゾーン(非汚染区域)、受け入れ時の流れなどを確認した。
受け入れは24日、25日の2日にわたり5人ずつ、すべて軽症の計10人で、全員クルー。自衛隊救急車、民間救急車で搬送されてきた。これらの車両は同院に面する国道からではなく、直接B棟にアクセスできる裏手の坂道から進入。ひとりずつ誘導し、屋上からエレベーターで移動、病室に案内した。
10人のうち、1人は日本人で、残りの9人はフィリピン3人、インド2人、インドネシア1人、タイ1人、ウクライナ1人、ハンガリー1人。このほか25日には保健所からの依頼を受け、地域の陽性患者さん3人も受け入れた。
いずれの患者さんもB棟2階の4室に分けて入院。風呂、トイレが病室内に完備されていたことから、レッドゾーンを病室内に限定することができた。
クルーへの対応は田中院長や看護師、応援看護師、移動型X線撮影装置で胸部X線撮影を担当した診療放射線技師、食事提供に奔走した調理師、クルーの誘導など担った事務職員やリハビリテーションスタッフなど、受け入れから退院まで病院を挙げて行った。午前中、看護師がバイタル(生命兆候)を測定、その後、田中院長が回診して症状の確認や聴診などを行い、全身状態を確認した。
感染防護具を付けて診察に向かう田中院長
対応に従事したスタッフは全員、毎日2回の健康チェックを実施。病室内でバイタルの測定を担当した看護師は、その場でナースコールを使って室外のスタッフステーションにいる看護師に口頭で伝え記録を取ってもらうなど、感染予防を徹底。記録用紙を病室外から室内に持ち込み、再び室外に持ち出すと感染源となる恐れがあるためだ。
できるだけクルーと接触する機会を減らすため、コミュニケーションにはタブレット端末を用いたテレビ電話を活用した。また10人とはいえ、クルーたちの国籍はさまざまで、文化・風習・宗教の違いから、食事の提供にも苦労が多かったという。
遠隔操作可能なアバターロボットも試験的に導入
遠隔操作が可能なアバターを診療に活用
厳格な退院基準に沿いPCR検査で陰性となった2人が3月5日に退院したのを皮切りに、14日までにクルー全員が退院。地域の患者さん3人も16日には転院した。
17日には対応にあたった葉山ハートセンターのスタッフと応援で訪れていたスタッフ全員の陰性を確認した。
クルーへの対応の一環で、遠隔地からロボットを操作し、物理的な隔たりを克服するアバターを試験的に導入。
ANA(全日本空輸)が開発したもので、タイヤが付いておりラジコンのように操縦することが可能。上部のモニターには操縦者の顔が映し出され、あたかも対面して会話しているようなコミュニケーションが可能になる。感染予防策のひとつとして、全員の退院が完了する間際の3月13日に導入、田中院長が問診に活用した。