
病気の治療
medical treatment

medical treatment
慢性に腎機能が低下している病態に対して、以前は「慢性腎不全」という病名が用いられていました。しかし、腎機能障害をより理解しやすく、より早期に発見するために、2002年に米国腎臓財団から「慢性腎臓病」(Chronic Kidney Disease: CKD)という概念が提唱されました。
CKDとは、①糸球体濾過量(Glomerular Filtration Rate: GFR)で表される腎機能の低下(GFR<60mL/分/1.73m2)が3カ月以上持続するか、②腎臓の障害を示唆する所見が慢性的に(3カ月以上)持続するものをすべて含む病態を指します(図1)。
①②のいずれか、または両方が3か月以上持続する。
図1:慢性腎臓病の定義(CKD診療ガイド2012より)
腎臓の障害を示す所見としては、
があります。
この定義により、以前に慢性腎不全と診断していた状態よりも、より障害が軽度で自覚症状も全くないような早期の腎機能障害もCKDと診断されるようになりました。それは、腎機能障害はただ単に腎臓だけの問題ではなく、心筋梗塞や脳卒中、末梢動脈疾患(閉塞性下肢動脈硬化症など)といった心血管疾患の発症リスクを上昇させることがわかってきており、より早期に診断し治療を開始すべきであるということを、医療者のみならず一般人にもより広く知ってもらう目的もあるのです。
CKDは慢性的に腎障害がある病態すべてを含んでいますので、その原因にはさまざまな疾患があります。
分類としては、
といった分け方や、腎臓の中のどの構造・部位が障害を受けているかによって
といった分け方もあります(図2)。
| 一次性 | 二次性 | 遺伝性・先天性 | |
|---|---|---|---|
| 糸球体疾患 | IgA腎症 膜性腎症 微小変化型ネフローゼ症候群 巣状分節性糸球体硬化症 半月体形成性腎炎 膜性増殖性糸球体腎炎 |
糖尿病性 ループス腎炎 顕微鏡的多発血管炎 (ANCA関連血管炎) 肝炎ウィルス関連腎症 |
良性家族性血尿 Alport症候群 Fabry病 |
| 血管性疾患 | 高血圧性腎症(腎硬化症) 腎動脈狭窄症(線維筋形成異常、 大動脈炎症候群、動脈硬化症) コレステロール塞栓症 腎静脈血栓症 虚血性腎症 |
||
| 尿細管間質疾患 | 慢性間質性腎炎 | 痛風腎 薬剤性腎障害 |
多発性嚢胞腎 ネフロン癆 |
図2:慢性腎臓病の原因疾患(CKD診療ガイド2012より)
このなかで臨床上重要な疾患のうちの一つが糖尿病性腎症です。糖尿病に罹患しコントロールが十分でないと10〜15年で糖尿病性腎症が発症します。人工透析を導入する方の43%、約半数はこの糖尿病性腎症が原因といわれています。
一方で、今から20年前までは一番頻度が多かった疾患が慢性糸球体腎炎で、そのなかの代表的な疾患がIgA腎症です。
また頻度は減りますが、高血圧性腎症(腎硬化症)も最近増えつつある疾患で、糖尿病性腎症とともに生活習慣病による慢性腎臓病が問題となってきています。
腎機能が比較的保たれていて、尿所見の異常しかないようなCKDの初期では、症状はほとんどありません。腎機能が低下することで最初に出る症状は夜間尿で、これは腎臓による尿の濃縮力低下のために夜間の尿量が増加し、就寝中に数回排尿のために起きる症状で、腎機能が50%程度に低下したころからみられるようになります。
腎機能がさらに30%前後に低下すると、血圧が上昇したり、貧血が現れてくることがあります。腎臓はエリスロポイエチンというホルモンを産生しており、これが骨の中の骨髄に作用して血液をつくる指令を出すのですが、腎機能の低下とともに十分なエリスロポイエチンを産生することができず、そのためにいくら食事で鉄分などの栄養を摂取しても血がつくられなくなり、貧血が生じてきます。これを腎性貧血といいます。
さらに腎機能が30%を下回ると、尿への代謝物の排泄が低下して体が酸性に傾き(代謝性アシドーシス)、カルシウムの低下、リンの上昇、浮腫などが出現して倦怠感なども生じてきはじめます。そしてさらに腎機能が15%以下程度になってくると、高度な高血圧や全身浮腫(心不全や肺水腫)による疲労感・息切れ、消化器症状(食思不振、吐き気、嘔吐)、皮膚症状(かゆみ、色素沈着)、下肢のつり・こむら返りなどが出現します。またカリウムが高値になると不整脈を誘発し、時に致死的な不整脈に至ることもあるので注意が必要です。
そして、この段階で適切に処置をしないと、痙攣や意識障害といった尿毒症性脳症を呈する場合もあり、命にかかわる危険性もあります。
CKDの診断はその定義にもあるとおり、血液や尿の異常、腎の画像検査や組織検査による異常で診断されます。
採血によって腎機能を評価する検査項目に血清クレアチニンがあります。これは体の筋肉の老廃物で、新陳代謝により毎日一定量の筋肉が壊される物質です。血清クレアチニン濃度を見ることによって腎機能を評価しますが。通常は男性が1.2mg/dl以下、女性が1.0mg/dl以下が正常とされていますが、施設ごとに基準は少し異なります。
また、このクレアチニンは腎臓によって尿中に排泄されますので、1日分の尿をためた検体(蓄尿)中のクレアチニンと血清クレアチニンを同時に測定することにより、腎臓がどのくらい働いているかという指標となる腎糸球体濾過量(GFR)が計算されます。
また、このように蓄尿をしてGFRを評価しなくても、簡易に血清クレアチニン濃度のみでGFRを推定することが可能で、これが推定腎糸球体濾過量(estimated GFR : eGFR)です。計算式としては、
eGFR=194×血清Cr−1.094×年齢−0.287(女性の場合にはこの値に0.739を乗じる)
で表されますが、なかなか簡易な計算機では評価できないのが難点です。
一方、尿検査は、尿中のタンパクや糖や潜血反応、赤血球や白血球、円柱などを観察するものです。このなかでも尿タンパクは重要で、通常は(−)、(±)、(+)、(2+)、(3+)、(4+)と濃度により判定が分けられています。しかし尿タンパクの濃度はそのときの体の状態によって変わります。水分を控えていた場合には尿が濃縮され尿タンパク濃度が濃くなり、水分を多く摂取した後に検査すれば、薄まった尿となって尿タンパクの濃度は低くなります。
そのため、このような尿の濃縮度合いを補正して評価するものが、g/gcrという尿タンパク定量法で、尿タンパク濃度を尿中クレアチニン濃度で補正するものです。計算式としては、(尿タンパク濃度mg/dl)/(尿中クレアチン濃度mg/dl)となります。
CKDは、以上に述べたGFRとタンパク尿の程度によって診断されます(図3)。例えば、GFRが35.2mL/分/1.73m2で、タンパク尿が0.36g/gCrであれば、CKDの病期分類はG3bA2ということになります。このときのタンパク尿は、1日蓄尿した尿全体の中のタンパク量(g)で評価しても構いません(g/日)。
| 原疾患 | 蛋白尿区分 | A1 | A2 | A3 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 糖尿病 | 尿アルプミン定量 (mg/日) 尿アルプミン/Cr比 (mg/gCr) |
正常 | 微量アルプミン尿 | 顕性アルプミン尿 | ||
| 30未満 | 30~299 | 300以上 | ||||
| 高血圧 腎炎 多発性嚢胞腎 腎移植 不明 その他 |
尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr比 (g/gCr) |
正常 | 経度蛋白尿 | 高度蛋白尿 | ||
| 0.15未満 | 0.15~0.49 | 0.50以上 | ||||
| GFR区分 (mL/分/1.73m2) |
G1 | 正常または高値 | ≧90 | |||
| G2 | 正常または軽度低下 | 60~89 | ||||
| G3a | 軽度~中等度低下 | 45~89 | ||||
| G3b | 中等度~高度低下 | 30~44 | ||||
| G4 | 高度低下 | 15~29 | ||||
| G5 | 末期腎不全 (ESKD) |
<15 | ||||
図3:慢性腎臓病の病期分類と重症度(CKD診療ガイド2012より)
重症度は原疾患・GFR区分・蛋白尿区分を合わせたステージにより評価する
CKDの重症度は死亡、末期腎不全、心血管死亡発症のリスクを緑のステージを基準に、黄色、オレンジ、赤の順にステージが上昇するほどリスクは上昇する。
なお、多発性嚢胞腎の場合、尿タンパク陰性(0.15g/gCr未満)でGFRが95mL/分/1.73m2と良好でも、画像的に嚢胞が多発しているという異常があるということでCKDの診断となり、病期分類はG1A0ということになります。
CKDには多くの原因疾患が含まれるため、原疾患に対する治療法を選択することになります。ある種の慢性糸球体腎炎や血管炎には副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬が、糖尿病性腎症には血糖降下薬などを用いますが、どのCKDにも共通していえることは、一般療法(生活習慣病やメタボリックシンドロームの是正、感染予防、禁煙、運動など)、食事療法(減塩、エネルギー制限食など)が重要です。
また高血圧治療も重要です。腎機能障害が進展すると高血圧が悪化し、また高血圧があると腎障害を悪化させるという悪循環があり、血圧管理はCKDの治療の中心的な役割を果たします。130/80mmHg以下を目標に血圧管理を行います。血圧管理が良好であればあるほど、腎糸球体濾過量でみる腎機能の経年的な低下速度が抑えられるとするデータがあります(図4)が、高齢者の場合には過度の血圧低下(収縮期血圧110mmHg以下)は控えるべきです。

図4:血圧と糸球体濾過量(GFR)低下の関係(CKD診療ガイド2012より)
降圧薬の種類の選択ですが、特にタンパク尿がある場合には尿タンパク減少効果もあるレニン・アンギオテンシン系阻害薬(RAS阻害薬)を用いるべきです。RAS阻害薬は糸球体内圧を減少させることで尿タンパクを減少させ、腎保護作用があるといわれている薬剤です。それ以外の薬剤にはCa拮抗薬や利尿薬などがありますが、それぞれの病態に合わせて用います(図5)。
CVDハイリスク、
Ⅲ度高血圧
体液過剰
(浮腫)
利尿薬
長時間作業型Ca結抗薬
図5:CKD患者における高血圧の治療戦略(CKD診療ガイド2012より)
CKDの治療には上述以外に、腎臓が行っていた体の恒常性維持というはたらきを、低下した自己腎に代わって補完する薬物療法が必要となってきます。CKDの病期進行にしたがって電解質バランスの異常や骨代謝の異常、造血能の低下などが生じるので、それぞれに対して以下のような薬剤を投与します(図6)。
| 電解質バランス異常 | 高カリウム血症 | 陽イオン交換樹脂 |
|---|---|---|
| 代謝性アシドーシス | 重曹(炭酸水素ナトリウム) | |
| 骨代謝異常 | 低カルシウム血症 | ビタミンD |
| 高リン血症 | リン吸着剤 | |
| 造血能低下 | エリスロポイエチン製剤 | |
| 高尿酸血症 | 尿酸降下薬 | |
| 高尿素窒素血症・尿毒症 | 活性炭(吸着剤) | |
図6:腎機能低下に伴う代替薬物療法
CKDの原因の項で述べたとおり、最近増加している糖尿病性腎症や腎硬化症は生活習慣病をもととしており、生活スタイル(運動、食事)の見直しによって十分予防は可能です。しかしながら、慢性糸球体腎炎や二次性のCKDについてはいまだに発症機序が不明なものも多く、予防は困難です。
そのため、職場や市の健診などで、尿検査や血液検査、腹部超音波などにより腎機能や腎形態を定期的に評価し、異常を指摘された場合にはすみやかに腎臓専門医を受診すべきです。またこれらの異常所見がみられなくてもeGFRが60mL/分/1.73m2未満のときは、心血管疾患のリスクも高くなることから、腎臓だけでなく心血管疾患についても定期的に観察を受けることが大切になります。