病気の治療
medical treatment
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狭心症と心筋梗塞は、成人の心臓病で最も多い病気であり、決して見逃してはいけない病気の一つです。特に救急を多く扱う急性期の病院では、心臓病の多くが狭心症あるいは心筋梗塞の患者さんです。狭心症と心筋梗塞について、わかりやすく説明します。
人は考えて動きます。そのための動力源が心臓です。発電所のようなもの、あるいは車でいうとエンジンといえます。人が考えたり、運動したり、生活したりできるのは、働いている全身の臓器に血液を送って十分なエネルギーが供給されているからです。
全身の臓器に血液を送るポンプが心臓です。肺で酸素を得た赤い血液を全身の臓器に一瞬たりとも休まず供給しています。なぜならすべての臓器は片時も酸素なしでは生きていけないからです。心臓がとまった場合、全身への血液の供給がストップします。直ちに頭に血液がいかなくなるので意識をなくして倒れてしまいます。心臓は休むことができないのです。このように心臓は絶え間なく全身に血液を送っているポンプといえます。
心臓から拍出された血液は、くまなくかつもれなく全身の臓器に流れ、心臓に帰ってきます。 このように循環する血液を運ぶ臓器が血管です。血液は体内には一定の量しかなく全身の血管の中を循環しています。そのため、心臓と血管を合わせて循環器と呼んでいます。
なぜ心臓は動いているのでしょうか。それは心臓にも酸素の豊富な赤い血液が供給されているからです。心臓は脳や筋肉、肝臓、腎臓などに血液を送っていますが、自らの筋肉にも血液を送って心臓を働かせています。心臓の筋肉に血液を送っている血管を冠動脈といいます。
冠動脈は心臓から出た大動脈のすぐのところから出て心臓に巻きつくように存在しています。右冠動脈と左冠動脈があります。右冠動脈は心臓の右心室、左心室の下側に存在します。左冠動脈は2本に別れ、左心室の前面に左前下行枝が、左心室の側面後面に回旋枝が存在します。すなわち右冠動脈1本、左冠動脈2本の計3本によって心臓へ均等に血液が供給されています。冠動脈に異常をきたし、心臓の動力源が不足する病気が狭心症、心筋梗塞であり、2つを総称して冠動脈疾患といわれています。
心臓はポンプとして1日に約10万回血液を送り出しています。このため常に新鮮で酸素のある血液が心臓にも必要です。心臓の筋肉に血液を送っている冠動脈が細くなったり、つまりかかったりすると、心臓への血液の供給が少なくなります。このように心臓の筋肉への血のめぐりが悪くなることを狭心症といいます。しかし、まだ心臓の筋肉の機能は完全には低下していません。いわゆる黄色信号がついた状態です。このとき多くの人は胸痛を訴え、無理な運動はしなくなります。このようにして少しでも心臓の負担を少なくし、心臓への血のめぐりが不調に対応しようとします。しかし、心臓に負担をかけた場合、また同じような胸痛を繰り返すことになります。
冠動脈がさらに完全につまったり、急速に細くなったりして、心臓の筋肉細胞が死んでしまい機能が低下することを心筋梗塞といいます。心筋梗塞はほとんどが急に出現しますが、知らず知らずのうちに出現してしまっている場合もあります。死んだ心臓筋肉細胞の範囲と程度によりますが、恐ろしい不整脈や極端な心機能の低下をもたらすこともあり、突然死を引き起こすこともあります。
狭心症、心筋梗塞の心臓
正常の心臓
前にも述べたとおり、狭心症や心筋梗塞は冠動脈の血管がつまりかかったり、あるいはつまることで起こります。なぜそのようなことが起こるかというと、動脈硬化が大きな原因です。動脈硬化は血管の異常であり、加齢に加えて、糖尿病、高脂血症、高血圧、腎臓病、喫煙、生活習慣、肥満、そして体質によって起こりやすくなります。冠動脈の壁が動脈硬化によって徐々に内腔が細くなる場合もあれば、血液が急に固まって細くなった冠動脈につまることもあります。
冠動脈の動脈硬化
狭心症の原因は一般的には冠動脈の動脈硬化によるものですが、稀なものに異型狭心症があります。これは本来、冠動脈が動脈硬化によって徐々に狭くなるのとは違い、いつもは正常に働いているのですが、突然冠動脈がけいれんを起こして細くなり(れん縮)、狭心症の症状をきたすものをいいます。症状としては急に胸が痛んだりします。運動で胸が痛むことはないのですが、例えば夜寝る前に胸痛に見舞われたり、何の前触れもなく痛みに襲われることがあります。特に若い女性に多いといわれています。
狭心症や心筋梗塞の代表的な症状を列挙します。
胸痛がある場合、多くの方が心配で病院に来られます。しかし、必ずしもすべての方々が狭心症あるいは心筋梗塞とは限りません。一方、検査されるのが怖くて病院に来られない場合もあります。我慢しすぎてついには救急車で運ばれたり、早く入院しておれば大事に至らなかったケースも少なくありません。また、何の症状もないのに冠動脈の動脈硬化が進行し、突然の胸痛で救急搬送される場合もあります。
医療機関での対応方法は、病院に来られたときの状況によって異なります。
狭心症や心筋梗塞の検査では、心電図、胸部レントゲン検査、心臓超音波検査、血液検査、冠動脈造影検査を行います。他の病気かも知れない場合、CT検査、腹部超音波検査を実施する場合もあります。
心臓が脈を打っている電気信号を記録するわけで、これですべてがわかるわけではありませんが、心筋が酸素不足になったり心筋梗塞でさらに障害された場合に心電図に異常を認める場合があります。
普段胸痛がないのに、階段を昇ったり、走ったりすると胸が痛む場合には、健康診断や、病院で安静にして心電図をとっても正常な場合がよくあります。その場合、運動をして心臓に負担をかけてそのときの心電図で異常が発見される場合があります。このように階段を昇り降りしたり、自転車をこいでもらって心電図をとることを負荷心電図といいます。
いずれにせよ、心電図検査は簡便な検査ですが、狭心症あるいは心筋梗塞があるかないかが診断できる程度で、これによってどの冠動脈にどの程度の病変が起こっているかまでは、判断しかねます。そういう点でスクリーニングには最適の検査です。もちろん負荷心電図でも診断できない場合があります。
ときどき胸が痛む、明け方になると発作が起きるなどの患者さんの場合、24時間心電図をとっていただくことがあります。病院に入院することなく24時間分の心電図変化が分析できます。夜中の発作のときの心電図変化、あるいは不整脈の種類とその程度が診断できます。この検査で狭心症、心筋梗塞が判明するわけではありませんが、診断の助けになります。
狭心症、心筋梗塞が胸部レントゲン検査で判明することはありません。しかし、心電図と同じで簡便ですぐできる検査であり、非常に有用な場合があります。特に胸痛の症状が心臓以外の場合、例えば肺、肋骨の場合にレントゲン検査は有用です。また、心臓の状態も、心臓の大きさや肺の血液がうっ滞しているかどうかなどある程度わかります。これによって大まかですが心臓の衰弱の度合いを判断できます。
320列造影CTによる冠動脈
胸に当てて、心臓の形と動き、弁の形と逆流、心臓を何かが圧迫しているかどうかなど多くのことがわかります。心筋梗塞であれば、重症な心筋梗塞で心臓に穴があいたり、心臓から出血しているかどうかなど、心臓の動きの悪化をとらえることが可能です。
狭心症、心筋梗塞の原因は冠動脈の異変ですから、最終的な診断には冠動脈造影検査でどこの冠動脈がどの程度悪いかを診断する必要があります。これが狭心症、心筋梗塞の最終検査となります。かつ治療の始まりになります。動脈に2㎜径程度の細長い管(カテーテル)を差し込みます。そして心臓の近くまで到達させ、冠動脈の入り口に挿入します。そこで造影剤を注入しレントゲンで撮影します。冠動脈の内腔がつまっている場合は途切れたように映されます。最近では手首からカテーテルを穿刺するようになり検査も安全かつ日帰りでできるようになりました。
昔はよほどでないと検査しないことが多かったのですが、今では簡単に手軽に実施できるようになりました。検査時間は平均で15分、検査終了後は約3時間穿刺部位を圧迫止血してその後退院となるなど、日帰りが可能な検査となっています。
胸痛、息切れ等の症状が続いて、心電図で狭心症、心筋梗塞が疑われる場合、直ちに行う必要があります。発作がときどき起こる方はなるべく早く冠動脈造影検査をお勧めします。
この検査で冠動脈のどこの部位がどの程度つまっているか、あるいはつまりかかっているかがわかります。冠動脈の病変の場所、程度を知ることによって、患者さんの狭心症・心筋梗塞の程度、重症度を把握することができるのです。 そして、この結果に対してどのような治療をするべきかを決定します。
狭心症を疑い、冠動脈造影検査をしてみたけど異常がない場合もあります。胸痛は、不整脈、肺梗塞、高血圧やその他、胃食道の病気、肺の病気でも起こります。また、いろいろな検査をしても何の異常もない方も稀にいます。医療者としてはまず安心することから説明しますが、それでも不安が続く方はご相談ください。
症状というのは患者さんの訴えであり、これがすべて狭心症、心筋梗塞の病変の程度、重症度と一致するわけではありません。慢性的に徐々に冠動脈の病変が進行してきた場合、糖尿病、高齢者の場合は無症状のことがよくあります。逆にこのような方が将来、突然の心筋梗塞発作、狭心症発作を起こす危険性があり、重症化しやすいこともあります。
冠動脈がつまるケースは大きく2つに分けられます。1つは突然血液が固まってつまる場合、すなわち急性心筋梗塞です。この場合は緊急でなるべく早くつまった血管を広げる必要があります。もう1つは、以前から徐々にゆっくりつまってきている場合、いわゆる狭心症です。冠動脈のつまっている場所、程度によってはなるべく早く治療をする必要があります。もちろん狭心症、心筋梗塞は必ずしも判別が可能ではありません。患者さん一人一人の冠動脈の病変、心臓の状態、全身状態を見ながら、それぞれに適した治療を行います。
狭心症の場合、胸痛により仕事、生活を制限せざるを得ませんが、気をつけて生活をしていても、無意識に心臓に負担をかける場合が必ずあり、そのようなときに胸痛、息苦しさを認める場合もあります。
さらに恐ろしいのは、心臓発作(心筋梗塞)です。昨日まで元気であった方が、突然倒れられた、とういった話は珍しくありません。 発作がなくても徐々に心臓が弱っていって慢性の心不全、不整脈、弁膜症も合併してくることもあります。 異常を自覚したら早めの受診をお勧めします。
患者さんの状態、冠動脈の病変の程度によってさまざまな治療方法が考えられます。
治療の原則は
です。
具体的には薬物療法、カテーテル治療(インターベンション)、手術治療があります。
冠動脈の病変の程度が軽度、または病変の場所があまり心臓に重大な影響を与えない場合があります。冠動脈疾患で使用する薬は、冠動脈を広げる薬、冠動脈に血液が固まってつまるのを予防する薬、心臓の負担をとる薬がありますが、いずれも予防薬です。発作時に飲む薬(ニトロペン)もあります。これは緊急避難的な方法であり、いつもニトロペンを飲んで生活することは大変危険です。ニトロペンを持ち歩くことのないように、治療をすることが大事です。
20年前から行われるようになった治療法ですが、細い管のみで治療できるため、患者さんの負担も少なく一般的に行なわれる治療になりました。腕または足の付け根の動脈から管を入れて、心臓の冠動脈まで到達させます。そこで内腔が狭くなっている冠動脈を風船のように膨らませて、冠動脈を拡げます。金属製の網を血管内に入れるステント治療もあります。
カテーテル
風船を膨らませたところ
金属製の網で血管の中に入れるように細く折りたたんでいます。
中から風船で膨らませると大きくなり、形状がそのままの状態で血管内に残ります。
自分の血管を採取し、つまっている冠動脈を越えてバイパスすることにより血の流れの少ない冠動脈の血流を改善させる方法です。バイパスする血管は、内胸動脈(胸板の裏の血管)、橈骨動脈(前腕の親指側の血管)、(大伏在静脈)足の表面の静脈、胃大網動脈(胃の周りの血管)を使用して、心臓の冠動脈に吻合します。カテーテル治療よりも古く、30年前から行われている治療です。最近では患者さんの負担が少なくなるように、オフポンプバイパス術が一般的な方法になりつつあります。カテーテル治療が内科治療であるのに比べ、冠動脈バイパス術は外科治療となります。
カテーテル治療は簡便で患者さんの負担が少ないため、なるべくカテーテル治療で治療できるものであれば、カテーテル治療を第一選択にします。しかし、カテーテル治療にも限界があります。最近では薬物療法、カテーテル治療、手術治療での大規模な患者さんの治療成績が明らかになってきました。その結果をもとに海外および日本でも狭心症、心筋梗塞に対する治療のガイドラインが出されています。
手術が勧められるのは
があります。
具体的には冠動脈の病変の場所、程度から判断します。カテーテル治療か冠動脈バイパス手術かの選択は患者さんを診る主治医の判断と説明を受けた患者さん、ご家族の判断によります。実際、カテーテル治療か手術か判断の難しい場合が多くあります。診ていただいた循環器内科医の説明を聞いて判断するのが重要と思います。迷われている方はセカンドオピニオンとして、他の医師の意見を聞かれることをお勧めします。
患者さんの病態により、今すぐ手術が必要な場合、なるべく早くしたほうがいい場合、少し時間をおいたほうがいい場合とあります。
日本における予定の冠動脈バイパス術の死亡率が2%、緊急冠動脈バイパス術の死亡率は11%と報告されています。生存はしているものの重大な合併症をもたらす場合もあります。