徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

病気の治療

medical treatment

乳腺外科の病気:乳がん

発症時から微小転移が生じうる“全身病”

世界保健機関によると、2012年の全女性のがん患者数(悪性黒色腫以外の皮膚がんを除く)は665万8,000例、死亡者数は354万8,000例です。そのうち乳がんの患者数は167万1,000例(約25%)、死亡者数は52万2,000例(約15%)と報告されています。

日本では、国立がん研究センターからの2015年予測の乳がん患者数は前年より2,700例増加した8万9,400例と女性のがん患者数42万1,800例の約21%を占め、女性のがん罹患率第1位と報告されました。また、死亡者数では前年より400人増加した1万3,800人と女性のがん死亡者数15万1,700例の約9%を占め、大腸、肺、胃、膵臓に続いて第5位でありました。このように、比較的身近な疾患となりつつある乳がんでありますが、その社会的関心はさらに高まりつつあり、最近ではテレビや雑誌でも話題となる機会が増えています。

乳がんは、発生から臨床的に検出可能な大きさになるまで7~8年と長い年月を要し、発症時には全身への微小転移を生じうる“全身病”であるということは知らない人も多いと思います。そのため、手術のみで治療が終わることは少なく、さまざまな薬剤を使用することが必要となります。この特殊な性質を有するがゆえにその治療法についても理解を深めることが必要な乳がんについて、診断の手順から最新の治療方法まで紹介します。

殺細胞抗がん剤治療から分子標的療法へ

乳がんは他のがんと同様に、細胞の遺伝子異常が蓄積することによって発生します。私たちヒトの細胞は約60兆個あり、それぞれに約3万種類の遺伝子が入っています。その中には、細胞の分化や増殖を調節する遺伝子がありますが、そこに遺伝子異常という形で変化が生じ蓄積を続けると、やがて細胞の分化や増殖に調節が利かなくなり、異常な細胞が無秩序に増殖し始めます。すなわちこれががんです。特に、乳がんはその発生や増殖の過程において、女性ホルモンが関与している場合が多いので、後述するホルモン治療が重要となります。また、乳がん発症のリスク因子には、初潮が早い、閉経が遅い、出産未経験あるいは高齢初産、授乳経験なし、閉経後の肥満、乳がんの既往歴や家族歴、多量の飲酒などが挙げられますが、そのなかには女性ホルモンが関係しているものが多く含まれます。

がんはその増殖過程において、栄養や酸素を供給するために新しい血管の増生が必要となります。例えば、乳がんの場合、約2㎜以上のしこりに成長するためには、増殖因子を分泌して血管の新生を促すことが必要となります。この新生血管を通じて初期より全身への微小転移を生じうる“全身病”が乳がんの特徴であり、手術や放射線照射などの局所療法のみでは不十分な場合が多いのはこのことに起因します。また、全身治療には薬物を用いますが、その選択は遺伝子異常のパターンに基づくがんの生物学的背景に応じて行われます。以前は、ホルモン療法や殺細胞性抗がん剤による化学療法が基本とされていましたが、近年の分子生物学の進歩によりがんの増殖メカニズムが解明され、それに応じた新しい薬剤による治療が行われています。

2003年にヒトゲノムの全塩基配列を解読した「ヒトゲノム計画(Human Genome Project)」の成功、さらに次世代型シークエンサーの活用によりゲノム情報の解明は格段に進歩しています。実際、がんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas:TCGA)などの大規模がんゲノム解読プロジェクトから得られる膨大なデータを解析することで、個々のがんにおける遺伝子変異パターンが明らかになってきており、薬物療法において従来の殺細胞性抗がん剤による化学療法から、がんの遺伝子変異に基づき増殖や転移に必要な分子を特異的に抑制する分子標的療法へと重点が変化しています。特に、がんの発生や増殖に重要な役割を果たすドライバー遺伝子変異と、それとは無関係なパッセンジャー遺伝子変異を区別し、異常なドライバー遺伝子による産物を標的として、その活性を阻害する分子標的療法が中心となりつつあります。さらには、がんの周辺環境においてその増殖、浸潤、転移に関与する部位に対しても分子標的療法が行われています。これら治療の詳細は全身治療の項目で詳しく解説します。

乳腺濃度が高い乳房のしこりは見つけにくい

乳がんは、乳房の中にある乳腺にできるがんです。さらに、乳腺は母乳を産生する小葉とそれを乳頭まで運ぶ乳管に分類されますが、多くの場合、乳管を構成する細胞ががん化するため、乳管がんといわれます。いずれにせよ体表にある臓器より発生するため、しこりとして自分で触れることが多いです。閉経前の女性では、乳腺が柔らかくなる月経終了後1週間から10日の間、閉経後女性では月1回、日にちを決めて自己検診を行うことが重要です。しかし、しこりの場所や大きさによっては触知困難な場合も多く、定期的な乳がん検診が大切となります。そこでは、視触診に加えてマンモグラフィという乳房専用のX線撮影装置を用いた検査が行われますが、このマンモグラフィでは触知しないしこりや微細な石灰化も検出することができます。

しかしながら、マンモグラフィ検査でも背景の乳房の性状によりしこりが検出しにくい場合があります。乳房は脂肪と乳腺組織からできていますが、乳腺組織が多く存在し乳腺濃度(密度)が高い状態では、背景の乳腺はマンモグラフィで白く写るために、同じように白く写るしこりの検出は困難となります。この乳腺濃度が高い乳房をデンスブレスト(dense breast)といいますが、このデンスブレストの女性は、しこりが見つけにくいというのみならず乳がん発症のリスクも若干高くなり、超音波や乳房MRIなどの他の画像診断の併用も考慮する必要性もあることから、米国では多くの州で本人に通知することが法律(Dense Breast Notification Laws)で義務化されています。このデンスブレストは若年者で多く、その他、BMI、乳房の大きさなど他の因子もかかわってきますが、若年者乳がんの多いわが国では大きな問題になりつつあります。

マンモグラフィと同様に重要な画像診断方法として乳房超音波検査があります。超音波を用いるため放射線の被曝がなく、妊娠の可能性のある女性も受けることができます。実際にしこりがある場合にはこの超音波検査で検出されることが多く、この画像を見ながらしこりに細い針を刺して細胞を採取する細胞診や太めの針を刺して組織の一部を採取する針生検が行われます。乳がんと診断して治療を開始する場合には、組織診による確定診断が必要となるため、最終的にはこの針生検やしこりを切除する摘出生検が行われます。
乳がんの進行度を示す指標として病期(ステージ)分類があり、治療を開始するにあたり重要な要素となりますが、しこりの大きさ、周囲のリンパ節(腋窩や鎖骨上下など)の状態、他臓器(骨、肺、肝臓など)の転移の有無によって決定し、0~Ⅳ期に分類されます。このステージは、後述するがん細胞の性質と組み合わせることで再発リスクを推測し、薬物療法を決定することに用います。

がん細胞の遺伝子変異等に基づく個別化治療の時代

全身療法としての薬物療法が不十分な時代には、乳房切除を中心とする局所治療が主軸でした。その後、乳房温存療法との無作為化比較試験において局所再発が生存に大きな影響を及ぼさなかったことが明らかとなり、乳がんは血液がんに類似した「全身病」として認識されるようになりました。つまり、乳がん治療を開始するときには、他臓器への転移を認めていない場合であっても、微小な転移巣が身体内に存在している可能性があるものとして治療法を選択します。
この微小転移巣の有無は、形態学に基づく腫瘍径、リンパ節の転移状況、組織型、核異型度といった病理学的特性から推測していましたが、最近はがん細胞の遺伝子変異によりその予測をするようになりました。さらに、使用する薬剤の効果予測も同時に行い、局所および全身に対する治療方法を検討するようになりました。このように、最近の乳がん治療では大規模臨床試験から得られる最大多数に最も効果的であろう“One Size Fits All”的治療から、がんおよび個体の特性に基づく個別化治療へと変化してきています。

低侵襲化に向かう局所療法

先述のように、乳がんはその全身病としての特性から局所療法の限界が明らかとなったため、手術や放射線治療はより低侵襲な方法が求められます。全身療法の進歩も局所制御の向上に大きく貢献しており、さらなる低侵襲化に影響を及ぼしています。
一方で、Oxford Overviewでは不完全な局所療法による再発が生存率低下の一因となることも報告されたため、安易に整容性や低侵襲性を追求するのではなく、その適応を十分検討することも重要です。また、局所再発のリスクは、遺伝子変異パターンや全身治療の内容によっても変化するため、今後はそれらも考慮しつつ適応を検討する必要もあります。以下、低侵襲化に向けて変化しつつある乳がん局所療法について、乳房温存療法、センチネルリンパ節生検、乳房部分照射に大別して説明します。

  1. 乳房温存療法

    19世紀後半よりHalsteadにより確立された「胸筋合併乳房切除(定型的乳房切除術)」は、乳房とその下の大胸筋まで切除することにより術後の局所再発率を著しく低下させ、標準的外科治療として施行されました。その後、大胸筋を温存する「胸筋温存乳房切除(非定型的乳房切除術)」が導入されましたが、依然として乳房切除術が標準の術式でした。
    1980年代にイタリアと米国から同時期に報告された無作為化比較試験で、乳房温存療法(乳房温存手術後に全乳房照射を行う)が従来の乳房切除術と同等の生存率および局所再発率であることが示されました。これにより、乳房温存療法は乳房切除に変わりうる治療として導入され、現在、わが国では58.6%の乳がん手術は乳房温存療法により施行されています(2011年日本乳癌学会患者登録調査より)。

    最近では、さらなる術後の整容性向上を企図して、乳腺外科医と形成外科医の連携により、根治性と整容性の両立を目的とした「オンコプラスティックサージャリー」という概念も普及しつつあります。これは、乳房切除後の乳房再建術を積極的に行うのみならず、対側の乳房縮小術を加えることにより左右のバランスを維持した新しい乳房温存手術です。

  2. センチネルリンパ節生検

    乳がんはしばしば脇の下(腋窩)にあるリンパ節に転移するため、手術のときはこのリンパ節もすべて摘出(郭清)してきました。しかしながら、この腋窩リンパ節郭清は、腋窩周囲の違和感や上腕浮腫などの術後合併症が懸念されます。また、術後にドレーンを留置するため入院期間も延長するなどの問題もあります。特に、腋窩リンパ節に転移が生じていないことが多い早期症例では、郭清の省略がより一層求められますが、術前の画像診断によるリンパ節転移予測は困難なため、画一的に腋窩郭清は行われてきました。

    そこで、乳房全体のリンパ液が最初に流入する「センチネル(見張り)リンパ節」が注目されました。このセンチネルリンパ節は、がん周囲のリンパ液が最初に流入するリンパ節と定義され、リンパ節転移が最初に生じるものと考えられます。センチネルリンパ節の転移の有無に基づき他のリンパ節の転移状況を予想し、郭清の要否決定を行う「センチネルリンパ節生検」は、初めは皮膚がんに対して試みられていました。その後、色素や放射線同位元素を用いる方法で、乳がんに対する臨床応用を試みました。乳がん手術の際に、センチネルリンパ節を摘出して検査を行い、転移陰性の場合はそれ以外のリンパ節に転移が生じていないものとして腋窩郭清を省略します。
    日本においては放射線同位元素を用いた方法を筆者らが初めて誌上で報告しましたが、現在では大規模臨床試験にてその安全性と有効性が再確認され、わが国でも腋窩リンパ節に対する標準治療として位置づけられています。日本乳癌学会による調査報告では、センチネルリンパ節生検のみ施行した症例は58.9%に及んでいました。

    最近では、米国の臨床試験でセンチネルリンパ節転移陽性症例に対して腋窩郭清を省略しても、乳房温存手術に全乳房照射と効果的な術後補助療法を加えることにより、腋窩郭清を行った場合と同等の成績が得られることが報告されました。また、欧州でも同様に、腋窩郭清の代わりに腋窩照射を追加することにより同等の成績が得られたという結果が報告され、センチネルリンパ節転移陽性症例に対する腋窩郭清省略を行う施設が増えつつあります。

  3. 乳房部分照射

    乳房温存療法では、温存手術後に1週間に連日5日間、約5~6週間かけて放射線療法(全乳房照射)を行いますが、この方法では患者さんへの負担が大きいのみならず、肺や心臓の一部が照射野に含まれることによる間質性肺炎、心筋炎、心筋梗塞などの合併症が懸念されます。最近は3週間の短期間の放射線照射も注目されていますが、それでも患者さんに対する負担は大きいです。また、乳房温存療法後の局所再発は、原発巣周囲に多く生じるため乳房全体に対する照射の意義も疑問視され、さらには全乳房照射には新規乳がん発生の予防効果はないことから、全乳房照射に代わる手段として乳房温存手術を行った創部周囲のみに照射を行う「乳房部分照射」が注目されています。

    乳房部分照射にはさまざまな方法が用いられますが、おのおのの方法について臨床試験が行われ、その有用性が報告されつつあります。いずれも1~5日程度と短期間で治療が終了するため患者さんへの負担は軽減されますが、現在最適な手技や適応症例をめぐって米国を中心に大規模臨床試験が進行中です。北米放射線腫瘍学会(ASTRO)は2009年に乳房部分照射を実臨床に応用する際の指針を発表しましたが、有用性を示した報告の蓄積などから2016年に改訂し適応症例の拡大を示しました。

    私たちの施設においても、術直後より小線源を用いてこれを行うIOCI (Intraoperative Open Cavity Implant)法による乳房部分照射を行ってきました。この方法は2015年に欧州の研究グループGEC-ESTRO(Group European de Curietherapie-European Society for Therapeutic Radiology and Oncology)から、全乳房照射に対する非劣勢が報告されました。初回手術の入院中に放射線照射も終了し、わが国でも保険収載もされているため患者さんへの負担は非常に少ないです。

全身療法では薬物治療が中心

乳がんの全身療法は薬剤による治療が中心となりますが、その役割は術前後の補助療法と再発乳がんとで大きく異なります。原発巣に対する手術の前あるいは後に、薬剤を用いて全身に潜在する微小転移巣を根絶し、がんの治癒を図る治療を術前・術後補助療法といいます。一方、他の臓器に転移を有する乳がん治療においては、完治することは困難であるため良好な生活の質(QOL)を維持しつつ延命を図ることを目的に治療を行います。したがって、両者の間では、用いる薬剤およびその組み合わせ(治療レジメン)も投与量も異なる場合が多いです。
補助療法では、潜在する微小転移巣の根絶を目的としますが、微小転移の有無を治療前に確認することは不可能であり、原発巣の詳細な検討から予測することとなります。薬物療法は、ホルモン療法、化学療法、分子標的療法に大別できますが、再発リスクの予測と同時に治療薬剤の効果予測も行います。これら予後予測と効果予測に基づいて、補助療法の内容とその必要性を検討しますが、従来の病理学的所見に加え、乳がん細胞の有する遺伝子変異のパターンにより、“Luminal A様”、“Luminal B様”、“Her2-enriched”、“Basal-like”と4つのタイプに分類して行います。これら分類は「イントリンジックサブタイプ」と称し、予後の判明している症例の乳がん組織から遺伝子を解析し予後との相関から導き出したものです。

“Luminal A様乳がん”と“Luminal B様乳がん”は合わせて「Luminalタイプ」と称しますが、乳管を構成する細胞(luminal cells)に類似するがんで、女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンに対する受容体(ERやPgR)を有しておりホルモン療法が有効です。HER2タンパクやKi-67などの発現が低い場合は再発リスクの低いLuminal A様、PgRが少なく、HER2タンパクや増殖因子が強いLuminal B様はリスクの高い乳がんとされ、化学療法の追加が検討されます。
細胞表面にある上皮細胞増殖因子受容体と類似したタンパク質の一つであるHER2タンパクが、乳がん細胞の表面に過剰発現して細胞増殖や悪性化にかかわっているHER2-enrichedタイプは、再発リスクが極めて悪い乳がんとして分類されていましたが、トラスツズマブなどの分子標的療法の出現により、その治療成績は大きく改善されました。
Basal-likeはERやPgRおよびHER2タンパクの3つ(triple)が陰性であることが多く、免疫組織学的染色に基づく分類では“Triple Negative Breast Cancer”と呼ばれることもあります。増殖に関連する遺伝子発現が高度なため、再発リスクの高い乳がんではあるものの、化学療法に反応性がよいものも多く含まれています。現在、このタイプをさらに詳細に分類し、それぞれに対する治療が試みられつつあります。

以上のような遺伝子解析に基づく治療方針の決定は、増殖に関連する50の遺伝子発現を解析して分類を行うPAM50TMや、同様の解析により再発リスクと化学療法の必要性を判断するOncotype DXTMやMammaPrintTMなどの利用により可能となりますが、日本ではいずれも保険未収載であり、免疫組織学的染色に基づいて行われます。しかしながら、両者による分類は必ずしも一致せず、またLuminalタイプを細分する際に重要なKi67の判定基準も定まっていないため、上記の遺伝子診断を保険外診療で行う場合も増えています。
転移性乳がんに対する治療は、薬物療法の進歩により長期生存が期待されるようになってきたものの、依然QOLの維持を目的として行われます。したがって、ホルモン受容体陽性乳がんには副作用の少ないホルモン療法が優先して行われ、化学療法を施行する場合も、転移巣により生命に危険が及んでいるとされる場合を除いて、基本的に単剤での治療を考慮します。また、脳や骨への転移巣に対しては、放射線照射などの集学的治療によりQOLの維持と改善を図りますが、転移巣が限定される「オリゴ転移」症例では転移巣に対する局所療法も検討されます。また、転移性乳がんに対する原発巣切除の意義も最近では見直されつつあり、その是非について臨床試験が進行中です。
以下、補助療法における最新の全身療法として、ホルモン療法、化学療法、分子標的療法について概説します。

  1. ホルモン療法

    ステロイドホルモンの一つであるエストロゲンという女性ホルモンがホルモン受容体に結合することで、がん細胞の分裂が活発になり増殖します。このため、エストロゲンの受容体への結合を阻害したり、エストロゲンそのものを低下させることにより増殖を抑制することをホルモン療法といいます。乳がんの約70%がホルモン受容体を有しており、ホルモン療法の適応となりますが、閉経の前と後ではエストロゲンの合成機序が異なるため、治療薬剤も異なります。

    閉経前の女性では、エストロゲンは卵巣でつくられますが、最初に視床下部から脳下垂体へ刺激が送られ、次に性腺刺激ホルモンを介して卵巣からエストロゲンが分泌されます。したがって、脳下垂体に作用し性腺刺激ホルモンの分泌を抑制するLH-RHアゴニスト製剤(ゴセレリンやリュープロレリン)を用いて卵巣からのエストロゲン分泌を低下させます。
    エストロゲン受容体に結合し、細胞増殖を抑制する抗エストロゲン剤としてSERM(タモキシフェン、クエン酸トレミフェン)が挙げられますが、閉経前の術後補助療法にはタモキシフェンに加えて、LH-RHアゴニスト製剤を2~5年間投与することも行われます。タモキシフェンの投与期間は5年間が標準とされていましたが、さらに5年間投与期間を延長する有用性が示されたため、閉経前におけるホルモン療法は10年間と長期間に及ぶ場合があります。

    閉経後は、副腎でつくられた男性ホルモンが脂肪組織などにあるアロマターゼという酵素によってエストロゲンに変換されます。このアロマターゼを阻害することによりエストロゲンを減らし、乳がん細胞の増殖を抑制することが可能となります。アロマターゼ阻害剤は、ステロイド骨格を有するエキセメスタンとそれを有さない非ステロイド系アロマターゼ阻害薬であるアナストロゾールやレトロゾールがありますが、同一の条件で3剤を直接比較した臨床試験はなく基本的に大差はないものと考えられます。補助療法においては、初回から5年間投与する(イニシャル)、タモキシフェン投与2~3年後に投与を開始し合計5~8年間投与する(スイッチ)、タモキシフェン5年間投与の後に5年間の投与を行う(エクステンデッド)場合があります。また、タモキシフェンの投与期間と同様にアロマターゼ阻害薬においても10年間投与の有用性が報告されました。いずれも長期間の薬剤服用が必要なため、服用アドヒアランスが問題となり治療効果にも影響を及ぼすといわれています。

  2. 化学療法

    補助療法は、全身に潜在する微小転移巣の根絶を目的としているため、化学療法施行の際は、がん細胞の増殖モデル(Goldie-Coldman仮説やNorton-Simon仮説など)に基づくTotal cell killの概念が重要です。すなわち、多様ながん細胞は化学療法施行中にも薬剤耐性を獲得しうるため、複数の薬剤により、また単位時間あたりの薬剤投与量(Dose intensity)も増加させて、耐性の阻止および抗腫瘍効果増強を図ることとなります。代表的なレジメンを表1に示しました。基本的にアンスラサイクリン系の薬剤にタキサン系薬剤を組み合わせて用いますが、その際にはおのおのの投与量を減量する必要のない逐次投与が行われることが多いです。最近は、アンスラサイクリン系薬剤による心毒性を懸念して非アンスラサイクリン系レジメンも行われます。

    表1 HER2陰性乳がんに対する代表的レジメン
    レジメン名 薬剤名と投与量 投与間隔
    AC ドキソルビシン 60mg/m2 IV
    シクロホスファミド 600mg/m2 IV
    2~3週毎
    EC エピルビシン 100mg/m2 IV
    シクロホスファミド600mg/m2 IV
    2~3週毎
    FEC100 フルオロウラシル 500mg/m2 IV
    エピルビシン 100mg/m2 IV
    シクロホスファミド500mg/m2 IV
    3週毎
    TC ドセタキセル 75mg/m2 IV
    シクロホスファミド600mg/m2 IV
    3週毎
    (AC・FEC後)*ドセタキセル ドセタキセル 100mg/m2 IV 3週毎
    (AC・FEC後)パクリタキセル パクリタキセル 80~100mg/m2 IV 毎週

    *わが国での承認用量とは異なります。

    以前は、局所進行がんなど手術困難な症例に対して術前に化学療法を行っていましたが、潜在する微小転移を根絶するという補助療法の目的から、術前化学療法の意義も変化してきました。補助化学療法を術前に行った場合と術後に行った場合とで成績に差がなかったことより、術後補助化学療法を行う可能性の高い症例に対しては、積極的に術前化学療法が行われます。術前に化学療法を行うことにより、乳房切除が必要な症例に対しても腫瘍縮小により温存手術が可能になる場合や、より整容性の高い手術が可能になることもあります。さらに、薬剤に対する感受性や、病理的寛解に至った場合は良好な予後も期待されるなどの情報入手も可能となります。逆に、効果がみられない場合の腫瘍増大やステージが不明になるなどの問題もあります。
    補助化学療法の施行には、投与スケジュールを遵守することが大切です。血液毒性に対しては、G-CSFの適切な使用によるDose intensityの維持が重要となります。わが国でも、初回化学療法時に予防的にG-CSFを使用することが可能となり、さらなる有効な補助療法のレジメンが可能となっています。非血液毒性としては悪心・嘔吐が問題となりますが、同様にこれらに対する支持療法の開発も進歩しつつあります。

  3. 分子標的療法

    分子標的療法とは、細胞増殖などに関与するシグナル伝達や細胞周期調節分子などがん細胞に特異的な分子レベルの異常を標的として治療を行うものです。分子標的薬は、低分子医薬品(-nib)と抗体医薬品(-mab)に分けられます。前者は、標的となるタンパク質に結合し効果を発揮する分子量300~500の低分子化合物であり、血液脳関門も通ることができます。後者は、分子量50万~70万のタンパク質からなるモノクローナル抗体であり、細胞膜表面の受容体などに作用して効果を発揮します。

    最も進んでいるのが、先述のHER2タンパクを過剰発現している乳がんに対する治療です。HER2(human epidermal growth factor receptor type 2)はヒト上皮細胞増殖因子受容体ファミリーに属しており、チロシンキナーゼ活性を有する増殖因子受容体として細胞増殖の調節などに関与しています。乳がんの約20%に、このタンパク質をコードする遺伝子のコピー数異常が生じており、細胞表面に存在する受容体が増加します。その結果、過剰に発現したHER2タンパクは、チロシン残基のリン酸化により活性化し、シグナル伝達系を介する細胞増殖や悪性化に関与します。このHER2タンパクに対するヒト化モノクローナル抗体がトラスツズマブであり、HER2タンパクと特異的に結合することでがん細胞の増殖を抑制します。

    トラスツズマブは再発乳がんに対して用いられていましたが、補助化学療法に1年間追加投与することにより再発率を40%程度低下させることが明らかになりました。HER2陽性乳がんに対するトラスツズマブ投与は標準的治療とされ、通常の補助化学療法後に1年間追加投与する場合もありますが、表2に示すように化学療法に上乗せして用いる場合もあります。最近は、細胞膜を通過しHER1とHER2受容体に共通のチロシンキナーゼドメインに直接結合して作用する低分子医薬品のラパチニブ、HER3など他の増殖因子受容体との二量体化を阻害するペルツズマブ、毒性の強いチューブリン重合阻害薬のエムタンシン(DM1)をトラスツズマブに結合することにより選択的に抗腫瘍効果を発揮するトラスツズマブ・エムタンシン(T-DM1)などHERタンパクを標的とした新しい薬剤を組み合わせた補助療法についても臨床試験が進行中です。

    表2 HER2陽性乳がんに対する代表的レジメン
    レジメン名 薬剤名と投与量 投与間隔
    (AC後)パクリタキセル+トラスツズマブ パクリタキセル 80mg/m2 IV
    トラスツズマブ初回 4mg/kg IV
    以降 2mg/kg IV
    毎週
    毎週
    (AC後)*ドセタキセル+トラスツズマブ ドセタキセル 100mg/m2 IV
    トラスツズマブ初回 4mg/kg IV
    以降 2mg/kg IV
    3週毎
    毎週3週毎
    TCH ドセタキセル 75mg/m2 IV
    カルボプラチン AUC 6 IV
    トラスツズマブ初回 4mg/kg IV
    以降 2mg/kg IV
    3週毎
    毎週

    *わが国での承認用量とは異なります。

参考文献(下記の筆者執筆原稿を加筆修正し作成しました)
個別化医療時代における乳癌治療の変遷」The Palm 47号 2013年1月
「総説 乳癌治療の医療最前線」東京都病院薬剤師会雑誌Vol.63,No.3. 2014年6月
「乳癌領域における抗体療法」次世代のがん治療薬・診断のための研究開発~免疫療法・遺伝子治療・がん幹細胞~(2016年2月技術情報協会)

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