徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

徳洲新聞ダイジェスト

Tokushukai medical group newspaper digest

2018年(平成30年)7月23日 月曜日 徳洲新聞 NO.1143 一・二面

被災地で精力的に医療支援活動
TMAT 夜間当直や巡回診療など

国内外で災害医療活動に取り組むNPO法人TMAT(徳洲会医療救援隊)は、西日本を中心とした記録的な大雨により甚大な被害を受けた岡山県倉敷市に隊員を派遣した。愛媛県と広島県でも調査活動を行った。倉敷市では先遣隊が9日に市保健所で医療ミーティングに参加、11日から約780人の被災者が避難している岡田小学校で本格的に診療を開始、夜間当直や巡回診療なども行い精力的に行動した。第1陣は12~16日(一部は11日から)、第2陣は16~20日に活動。(写真グラフあり)

地域の診療支援体制構築に貢献

豪雨の影響で車は汚れゴミが散乱(倉敷市内) 豪雨の影響で車は汚れゴミが散乱(倉敷市内)

TMATなどによる西日本豪雨支援活動の動き

7月6日 21:00 西日本を中心とした記録的大雨の報道
7月7日 9:00 TMAT事務局で情報収集活動開始
7月8日 18:00 先遣隊として看護師2人を岡山県へ派遣決定
7月9日 8:00 徳洲会東京本部内にTMAT緊急災害対策本部設置
11:00 宇和島徳洲会病院TMATメンバーが愛媛県宇和島市で医療ミーティング参加、避難所2カ所を訪問し医療ニーズがないことを確認
14:00 福岡徳洲会病院DMATチームが広島県福山市の支援要請を受け医療ミーティング参加(翌日、医療ニーズがないことを確認)
18:00 TMAT先遣隊が岡山県倉敷市で医療ミーティング参加、倉敷市の傘下に入り医療チーム本隊の派遣決定
7月10日 11:00 隊員募集開始
13:00 先遣隊が倉敷市立船穂小学校、岡田小学校、薗小学校を訪問調査
16:00 医師1人、薬剤師1人を岡山県へ派遣決定、同日夜に先遣隊と合流
7月11日 11:30 岡田小学校避難所で診療開始
17:30 合計26人を診療
7月12日 16:00 35人を診療。医師1人、看護師1人が避難所で当直
18:00 医師1人、看護師2人、薬剤師1人、事務職員1人が合流
7月13日 19:00 68人を診療。看護師1人が避難所で当直
7月14日 18:30 53人を診療。看護師1人が避難所で当直。活動拠点を岡山市内から避難所近くの岡田幼稚園に移動
7月15日 17:00 66人を診療
7月16日 15:30 第2陣で医師2人、看護師4人、薬剤師1人、救急救命士1人が合流、引継ぎ後、第1陣の活動終了
16:30 50人を診療
7月17日 16:00 45人を診療
7月18日 16:00 25人を診察
7月19日 16:00 30人を診察
7月20日 16:00 3人を診察、第2陣の活動終了
7月6日から7日にかけ西日本を襲った豪雨により、警察庁は19日、死者は14府県で223人と発表した。共同通信社のまとめでは5府県で依然15人が安否不明。総務省消防庁によると18日午後8時現在、16府県で約4700人が避難所生活を余儀なくされている。

この未曽有の水害に対し、TMATは7日から情報収集を開始、9日に先遣隊として看護師2人を被害の大きい岡山県に派遣した。TMAT先遣隊は同日18時、倉敷市保健所で日本赤十字社チーム、DMAT(国の災害派遣医療チーム)らとともに医療ミーティングに参加。

被災者の避難生活は長期化が予想され、気温が高く避難所の環境も悪化していることから、継続的な医療的介入が必要との結論に達し、TMATなどに対し、倉敷市から市の傘下に入った形での医療支援の要請が出た。これを受けTMATは本隊の派遣を決定した。

同日、愛媛県では宇和島徳洲会病院のTMATメンバーが宇和島市内で医療ミーティングに参加、避難所2カ所を訪問し医療ニーズがないことを確認。広島県では福岡徳洲会病院のDMATが福山市の支援要請を受け医療ミーティングに参加、翌日に尾道市内の透析患者調査を実施したが、大きな医療ニーズはなかった。

TMAT事務局は10日、岡山県倉敷市に向け第1陣(12~16日)と第2陣(16~20日)隊員募集を開始した。同日、先遣隊は避難所である倉敷市船穂町の船穂小学校、倉敷市真備町の岡田小学校と薗小学校を訪問調査。とくに真備町は地域の病院が機能していないため、避難者の持参薬切れなど問題が発生していたことが判明した。夜には医師1人、薬剤師1人が先遣隊に合流。

薬剤師の隊員が災害処方箋対応

岡田小学校で診療を行うTMAT隊員(13日) 岡田小学校で診療を行うTMAT隊員(13日)

TMAT活動年表

1995年 1月 阪神・淡路大震災
5月 サハリン大地震
1999年 9月 台湾921地震
2004年 10月 新潟県中越地震
12月 インドネシア・スマトラ沖地震
2005年 3月 福岡県西方沖地震
10月 パキスタン地震
2006年 2月 フィリピン・レイテ島地滑り災害
5月 インドネシア・ジャワ島中部地震
2007年 3月 能登半島地震
7月 新潟県中越沖地震
2008年 5月 ミャンマー・サイクロン災害
5月 中国・四川大地震
6月 岩手・宮城内陸地震
7月 岩手県沿岸北部地震
2010年 1月 ハイチ大地震
2月 チリ地震
4月 中国・青海省地震
10月 奄美豪雨災害
2011年 3月 東日本大震災
10月 トルコ東部地震
2013年 11月 フィリピン中部台風災害
2015年 4月 ネパール大地震
9月 茨城・常総市鬼怒川決壊
2016年 4月 熊本地震
10月 ハイチ・ハリケーン被害
2018年 1月 バングラデシュ・難民キャンプ調査
7月 西日本豪雨

※NPO法人化以前も含む

先遣隊は11日、倉敷市保健所で医療ミーティングに参加、TMATの活動先は約780人の被災者が避難する岡田小学校に決定。被害が甚大だったため、当面は自宅に戻れない被災者ばかりだが、日中は自宅の片付けに行っている方も多く、昼夜の避難所人数に大きな開きがあった。診療は岡山日赤チームと一緒に対応。当初、診療終了は午後3時半頃を予定していたが、片付けから戻ってきた被災者に対応するため、TMATは午後6時過ぎまで診療を継続した。

また、避難所では岡山県薬剤師会のモバイルファーマシーを活用。これは調剤室など薬局機能を備えた機動力のある災害対策医薬品供給車両。TMATの薬剤師は県薬剤師会と連携し災害処方箋対応を実施、モバイルファーマシー内の薬剤管理なども支援した。

12日夜、第1陣の隊員(医師1人、看護師2人、薬剤師1人、事務職員1人)が合流、避難所では夜間当直を開始した。14日の医療ミーティングでは、TMATが夕方から夜間にかけて医療ニーズが高いことを指摘。これを受け日赤チームも夜間診療(午後3~8時)を開始するなど、TMATは倉敷市全体の診療支援体制の構築に貢献した。

16日に第2陣の隊員(医師2人、看護師4人、薬剤師1人、救急救命士1人)が合流、引継ぎ後、第2陣は20 日まで活動。

TMAT同行ルポ

避難所の環境改善に力

岡田小学校の体育館には多くの被災者が身を寄せる 岡田小学校の体育館には多くの被災者が身を寄せる

倉敷市では最高気温が35度を超える猛暑日が続いている。取材をした13日も例外ではなかった。

雲ひとつない青空の下、倉敷市保健所の前には各地方から支援に来た病院の救急車両が並んでいる。打ち合わせ後、各チームが割り当てられた避難所に移動。道中、汗だくで作業をする被災者や道路脇に積み上げられたごみの山を通り過ぎた。

岡田小学校では体育館の他、各教室を避難所として開放。しかし、教室にはエアコンの設置はなく、床にタオルなどを敷き扇風機の風を受けて眠っている方もいた。昼時には地元の有志らがカレーライスやそばを配給、被災者は無言のまま食べていた。

医務所は小学校1階の保健室に設置。外での作業中に受傷した方や靴ずれを起こした方が多く、なかには軽度の熱中症で倒れた方、長引く避難所生活で不眠症状を訴える方も増えてきた。また、長時間、同じ体勢を取ったり車中泊を余儀なくされたりする被災者には、血流の停滞を起こさないように弾性ストッキングを配布した。

避難所の子どもたちと掲示板づくり(17日) 避難所の子どもたちと掲示板づくり(17日)

同日、巡回診療も開始した。避難所を回って被災者の様子を観察し、医療ニーズがないか確認。TMATの髙力俊策・湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)副院長は「避難所生活が長引くと、自分では気付かないまま体調を崩している方もおられます。潜在的な患者さんを見つけ出し、対応したり他のチームにつないだりすることで、少しでも安心で快適な生活を送っていただきたいと思います」と重要性を説く。

この日は午後7時に診療をいったん終了。岡山日赤チームとの打ち合わせやTMAT緊急災害対策本部への報告を終えた後、宿泊先がある岡山市内へ移動。浅野昌子・成田富里徳洲会病院(千葉県)看護師は当直として避難所にとどまった。

TMATは翌日以降も避難所の衛生管理、段ボールベッドの設置など診療以外でも率先して活動、環境改善に尽力した。

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