がん看護について語り合う ~さまざまな経験の過程に資格がある~

がん看護に関する資格を目指したきっかけを一人ずつ話していきましょう!

がん看護 座談会1

Iwai :看護師2年目の時に、がん看護に興味を持ちました。 20代のころは資格についてほとんど考えたことがなかったのですが、年を重ねるにつれて緩和ケアに携わりたいと強く思うようになり、湘南鎌倉総合病院就職後、“がん性疼痛看護認定看護師”を取得しました。

認定として勤務していても、まだ自分の力が及ばず、もやもや悩むことが多くて、いろいろな研修に参加したのですが、結局解決することもなく……そんな時に“マギーズ東京”を見学して、空間の持つ力や人の温かさに癒されて、やっぱり自分は緩和ケアを中心とした看護がしたいという気持ちになりました。 マギーズ東京で行っていることを自分自身も行いたいと思ったのと、研修先で知り合う専門看護師さんの影響もあり、大学院の先生に連絡して話を伺い、資格取得を目指しました。 専門看護師の資格を取ろうというよりも、がん看護について深く学びたいという気持ちが大きかったです。

Kajiwara“マギーズ東京”ってどんな場所ですか?

がん看護 座談会2

Iwai :イギリスのマギー・ケズウィック・ジェンクス氏が、ご自身が乳がんになった時に相談できる場所がないということから始まったのがマギーズセンターで、すでに世界中に広がっています。 がんになった人やご家族、ご友人に対してもオープンで、とにかく話を聞いてほしければ話を聞くし、ただ佇んでいたければ佇んでいられる。 この座談会会場“ruyka(ルイカ)”のような癒しの空間で、無料でふらっと立ち寄れる場所として東京に創られたのが“マギーズ東京”です。

Kajiwara :実は“ruyka(ルイカ)”は、マギーズの考えに感銘を受け、徳洲会グループでも同じような癒しの場所を創りたいということで建設したんです。 マギーズセンターもこういう木の雰囲気ですよね。


Tomizuka :今年で看護師歴30年になりましたが、私も看護師2年目からがん看護にかかわっています。 東京のJ医大を卒業後そのまま就職しましたが、当時はがんと分かったらまず入院、精密検査も1週間入院。 だからICも全部がん病棟で手術して、本当に病院完結型時代ですよね。

がん看護 座談会3 一番長いのは婦人科で、1病棟でしたので、患者さんの最初の出会いから最期まで、受け持ち制でした。 そのため、必然と緩和ケアをやらないといけない状況で、ある程度は先輩が教えてくれますが、やはり自分で勉強するしかなく、20代後半から30代くらいは本を読んだり研修に行ったりしていました。 ずっと「緩和の認定コースに行きたい」と言っていたのですが「大学病院に緩和の認定はいらない」と言われ続けて……そんな時に拠点病院になる話になり、認定がいないと拠点病院になれないので、そこでやっと“緩和ケア認定看護師”を取得させていただきました。

あの頃は本当に自由で、病院は患者さんとご家族の生活そのもの。 「オーロラが見たい」と言って入院中にカナダに行った人もいるし「娘が作ったお好み焼きを一緒に食べたい」と言って、病棟でお好み焼き大会をしたこともありました。 今思えば、現在の緩和ケア病棟と同じようなことをやっていましたね。 女性の病棟なので、勝手に飾り出すんですよ。 「ちょっとお雛様ここ置いて良い?」とか「クリスマスツリー置いて良い?」とか。 そこが緩和ケアの原点ですね。

その後、2015年に千葉徳洲会病院(ちばとく)に移ったんです。 転職の理由は、患者さんがお家に帰るとか、緩和ケア病棟に行くなど決まっていても、その先の受入先が見つからず、待たされるんです。 入棟面談は来週とか。 その後入院の順番を待てなど、そんなことしてたら間に合わないですよね。 それじゃ困ると思い、ちばとくで包括的緩和ケアシステムを行っていることを聞き、私も一緒にやりたいと思い、移らせてもらいました。

今は、がん相談支援センター緩和ケア病棟を見ています。 認定が直接相談の電話を受けて、内容によっては、「じゃあ今日来てください」ってこともあるぐらい、タイムリーに緩和ケアを提供しています。

Kajiwara認定看護師が相談対応することで、優先順位のジャッジが的確にできるメリットがありますよね。

Tomizuka :そうですね。 病状とか社会的な問題だったり、いろんなことを判断しながら、急ぐのか急がないのかっていうことを決定できるところが今の場所ですね。

がん看護 座談会4

Matsui :私が、緩和ケア認定看護師を目指そうと思ったのは、膵臓がんのおばあちゃまとの出会いがきっかけです。 専門学校の実習先だった県立病院に入職して出会ったのですが、その方のご家族やご兄弟が皆さん膵臓がんで亡くなられていて、検査に来た際に「何人も膵臓がんを看取ってきたから、私がんだと思うの」って。 その患者さんもやはり膵臓がんが見つかり、もう手の施しようがない状況でした。

どんどん痛みが増しているけど、なかなか鎮痛剤を飲んでくれなくて、汗をかきながら痛みをこらえて、アイスクリームにおかずを混ぜてごまかして食べるような人だったんです。 理由を聞くと「だって痛いって言ったら、麻薬を飲まされるんでしょう?麻薬なんか持ってたら、家に帰れないじゃない!」「血糖測定もしているから帰れないんだけど、我慢したら帰れるから」って。 その時麻薬の知識がなかったので、初めて勉強して「そんなことないよ。血糖測定しながらでも帰れるし、こんなサービスもあるんだよ」って約1週間かけて理解してもらい「じゃあそんなに言ってくれるなら飲んでみようかな」と言ってくれるようになりました。

その後、どんどん笑顔になり、ご飯も食べれるようになって、最終的にはご自宅で最期を迎えられました。 退院時に「あなたがいなかったら、私この病院で死んでたわ」とすごく感謝されて。 この出来事が、私が認定を目指したきっかけです。

がん看護 座談会5

Kajiwara :私が資格を取ったのは、本当につい最近で、まだ4年目です。 看護師になって30年経ちますが、もともと札幌のT病院で働いていて、その当時は緩和ケアとか、それこそがんの告知をするか、しないかを議論するような時代でした。 最初に配属されたのが、頭頸部外科と整形外科の混合病棟で、元気になって退院する人と、死亡退院する人が対照的でした。 患者さんの苦しみを見ていたと思ったら、こっちではみんなと笑ってるという、すごいところでしたね。

その病院はカトリック系で“愛と奉仕に生きる”を方針としていたので、みんなすごく優しいんです。 今考えると「これって、すごい緩和ケアだな」って思います。 例えば、頭頸部外科に釣りが趣味の患者さんがいて、喉頭がんで喉摘しているため、釣りに行くのが難しく、それでもなんとか釣りに行ける状況をみんなで作ろうと、ドクターとナースが付き添い、船に乗って遠出し、ちょっとした釣りを楽しんでもらったり、それこそ病棟で鍋パーティーしようとか、患者さんのためにできることをいつも考えていましたね。

札幌徳洲会病院には看護師6年目の時に入職したのですが、急性期で、患者さんが亡くなる時はモニターを見ていて、モニターが止まったら先生を呼び、あとは業者の方が来てお別れみたいな「人の死ってこれで良いんだっけ?」という状況でした。 T病院は、緩和ケアとは言っていませんが、思い出すと「あれって緩和ケアだったな」と。 その経験があり「急性期病院でも何かできることがあるんじゃないか」と思い、緩和ケアを学ぼうと思いました。

日本財団で行っている2ヵ月研修の「緩和ケアナース養成講習」に行かせていただいて、緩和ケアを自分なりに学びました。 その後、一般病院で、検査、診断、告知、治療そして再発、看取りまで行いましたが「もっと実践として、しっかり緩和ケアができる人になりたい」と思い、異動願いを出し札幌南徳洲会病院の緩和ケア病棟で働きました。

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その後、関連の在宅緩和ケア専門の診療所に異動し、在宅緩和ケアにハマりました。 何度も緩和ケア認定取得の話が出ましたが、なかなか時間がなく、私と師長さんの二人体制で、365日携帯を持っていたので、半年休めなかったですね。 長年取らないできて、この年になってから「本当に、資格いらないのかな?」と思った時に、自分のやりたかったことがなかなか実現できなくて「それって知識が足りないせいだ」と分かったんです。 それで一念発起で2年間大学院に行きました。 皆さんとはちょっと、ステップが違うのかもしれませんが、やはり資格を取って良かったと思っています。 その時の学びが大きく、資格ってその結果なんだと思います。

資格を取るイコール、そのための学びがとても大事で、学ぶことを続けるのも大切だし、資格取っても学ばなきゃいけないというのが、すごく今感じていることです。


専門看護師、認定看護師になってから変わったことは何ですか?

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Kajiwara :教育師長、CNSとして、地域のナースたちを支える活動をしています。 地域の訪問看護師さんたちは、在宅で看取ったことがない、麻薬を使ったことがない、内服はできるけどデバイスが使えない、医療用麻薬っていうだけで、不安になる人たちがたくさんいます。 何かあったらすぐにミスに繋がるので、対応自体が難しいと諦めている人に、患者さんやご家族の希望にどう寄り添えるかを教えるため、ドクターの訪問に同行し、訪問看護ステーションのナースが困っていることなど24時間フォローして、必要があれば同行訪問しています。

CNSの同行訪問の算定は月1回1,280点だけですが、毎日のように電話がかかってきます。 それでも訪問看護師が安心して看取れて、患者さんが希望する場所で最期まで過ごせるのであればとても有意義だと思っています。 「こんな方でも家で看取れるんですね」「またがん患者さんの看取りにかかわりたいです」というナースが少しずつでも増えることが、私のやりがいです。

Iwai :もともと週1回がん看護外来と緩和ケアチーム、病棟を兼務していましたが、8月からは主にがん看護外来を担当しながら、緩和ケアチームの活動はそのままに、フリーな立場で、がん看護に関することは何でもするようにしています。 また、週3回苦痛のスクリーニング対象になった患者さんの面談も行っています。 あとは、外来でICに同席し、その後のフォローと看護師や医師からの依頼に対応しています。 フリーな立場になったことで依頼が多くなり、面談後も何度か行くようにしているので、時間が足りず、苦痛のスクリーニングの患者さんは正直、全員行ききれていない感じです…… ただこれまで埋もれていた患者さんに対応できるようになったことで、今まで患者さんが本当に悩んでいたんだなぁということに触れることができ、一緒に頑張っていきたいと強く思うようになりました。

Kajiwara :資格というよりは、学んできたことが大事で、自分の知識や技術を蓄える引き出しが増えたからこそ、できることってあるんですよね。

Tomizuka :私もそう思います。先に勉強で、資格は後からだったので、学校に行って「みんなそんなことも知らないの?」ということが多々ありました。

Kajiwara :資格を取られる前からたくさん実践されているので、資格を取ることによって、逆に何が変わったか、すごく気になります。

Tomizuka :ポジションパワーっていうんですか? やはり点数が取れるようになり、ちばとくに来てから役職にも就けたので、より自分のやりたいことが実現できるようになりました。 時代のニーズに合わせて、患者さんの希望や願いをどう実現させるかを考え、実行できることがとても大きいですね。

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Matsui :私は逆で、認定看護師は普通の看護師よりも知識や技術があり、なんかスーパーな人と思い「行ってどういうことを学ぶのか?」「取った後どういう立ち回りをしなきゃいけないのか?」など何も分からないまま「なんかいろいろできるようになったら良いな」くらいの感じで。 でも実際は、私なんかがと、だんだん自信がなくなって…… そんな時に、緩和ケア病棟の師長さんが「何言ってるの、毎日やってることを振り返るだけの場所だから、たいして新しい知識は入らないわよ」と。 確かに日々のカンファレンスで、師長さんや先生がおっしゃったこととか、実際に患者さんを通して学ばせてもらったことがあり、基本的なところは日々勉強させてもらってたんだなと思いました。

皆さんは勉強があって資格が後からついてきたと思うのですが、私はまだその時8年目か9年目で、何の役職もなく、自分ができることがとても少なかったので、やはり認定を取得したことで、認定の人として見てもらえるし、持っていることで他部署の師長さんや多業種の方とも話しやすくなり、また話しかけてもらえる機会が増えたのが大きな変化ですね。 活動としては、自分で考えてやることも作り出すこともできる大事な力だと思っていますが、行動力がなく、一般病棟にリンパ浮腫の指導管理料を取るためのパンフレットの準備だったり、点数を取れるようなことをいろいろ試したのですが、やればやるほど自分で自分の首を絞める感覚があります。 先生からお声がけをいただきますが、病棟を抜けることが増えると私の仕事が他の病棟看護師の負担になるだろうなと思うと、なかなか専従が難しく、病院に利益がある活動をしていることを証明できれば良いのですが、がん相談で点数取ったとしても、大きな利益にはならない、それだったら患者さんを看て、病床を埋めた方が良いんじゃないかと…… 本当にどうしたら良いんだろうと悩んでいます。

Tomizuka :以前の病院ですが、上司から「それはあなたじゃなきゃだめなの?」って言われるわけですよ。 戦いの毎日でした。現場のスタッフや依頼してくれたスタッフは、行ってきなって言ってくれますが、上司の理解を得るのはなかなか大変でしたね。

Kajiwara :だからポジションパワーが重要なんですね。

Tomizuka :そうですね。 その代わり責任もありますが、その分仲間も増えたと思います。 以前は、一人で頑張っているように思っていたけど、今はちばとくに緩和ケア認定看護師が4人いるし、緩和ケア病棟のナースもそれぞれ力を持っているので、別に私が何もかもやらなくても全然大丈夫なんですよね。


緩和ケアにかかわることの魅力やうれしい出来事を教えてください!

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Matsui :私の名刺にナナちゃんっていうウサギがいるんですけど、これは以前入院されていた患者さんがデザインしてくれたものです。 肺がんの方だったんですけど、イラストを描くのがすごくお上手で。 その時いた師長さんが、「良かったら、うちの病棟のマスコットを考えてくださいませんか?」と依頼して、緩和ケアのイメージを伝えたら「こんなのどうですか?」って何個もご提案いただき、その中から選ばれたのが、ナナちゃんです。 “優しい”と“寄り添う”という意味と7階が病棟なので。 実はもうその方は亡くなられていますが、Tシャツなどのグッズをご家族とみんなの自費で作ったりしました。 私はこのナナちゃんを大事にしたくて、自分で絵を描いて病棟の廊下に貼ってたんです。 もう患者さんと会うこともないし、ご家族と会うこともないかなと思ってましたが、その奥様がたまたま入院されて、病棟に飾ってあるナナちゃんを見て、すぐに気づきとても喜んでくださって。 大切な家族が亡くなった後でも、誰かの心の中に生き続けるって、すごく大事だと改めて思いました。

Kajiwara :かかわることで、患者さんやご家族が喜びを感じて、それを私たちも喜べる。 それはホスピスのこころというか、緩和ケアの精神というか。 病棟に限らず緩和ケアをやってく魅力って、そういうとこなのかなって、話を聞いてて思いました。

Tomizuka :緩和ケアって全ての看護の原点というか、基本だと思うんです。 患者さんとご家族の人生にかかわれること、生きることについてちょっとしたお手伝いができること。 ご家族の中で困ったことが解決していくこともあるし、悩んでいることを一緒に悩めることだったりとか、そういうことにかかわれることが、やっぱり看護のやりがいだと思います。 そういう経験を多くのナースにも味わってもらいたい、そして自分の受け持ちの患者さんの人生に、最期までかかわれるナースになってほしいと思いますね。 技術とかは後で良い、人間としてどれだけ向き合えるか、そこを楽しんでもらえると、もっとこの人のために何かしたいから、もう少し勉強しようという気持ちが湧いてくると思うんです。

Kajiwara :「この人のために何かできることがないのか?」と思い、そのために学びたいと考え、それが結果的に資格取得に繋がるのかもしれませんね。

Iwai :単純に患者さんのつらい状況が笑顔に変わった時は、本当にここが原点だなっていう喜びに繋がりますね。

話が変わるかもしれませんが、血液の病気で入院治療し、寛解になった20代前半の患者さんが「看護師になりたい」と大学卒業後、看護学校に入り直し、なんとその患者さんが今、後輩看護師として一緒に働いています。 もともとうちの病院の血液内科で働きたいと看護学生の時から言ってましたが、本当に来たと思って、それはすごい喜びでしたね。 これは、大学院の教授から教わったことですが「がん看護は、患者さんががんになったことによって変わってしまった生活を自分自身で再構築していくことができるように援助していくことが、大切なんだ」とゼミでおっしゃっていて、まさしくそうだと、再構築していくために自分がかかわることで、患者さんが新しい生活を自分で見つけていけることが喜びかなと思ってます。


患者さんの生活の再構築に寄り添えたと思えるエピソードはありますか?

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一同いっぱいあります。思い出せないです。

Tomizuka :がん患者さんが多くいる病棟に長くいたのですが、みんな同じ卵巣がんや子宮がんなどの婦人科系のがんの人たちで、同年齢で同じ病気なのに、がんになったけど、良い人生だったと思える人と、そうじゃない人がいて、何が違うんだろうと考えた時に、がんになったことは仕方がなく、そこは変わらないとしても、自分の人生を肯定的に捉えられて、最期を迎えることができれば、良いんじゃないかと思ったんです。 それにかかわるスタッフが良い看護ができたって思えるように、みんながなれば良いと思いますね。

あとエピソードとしては、40代のがん終末期のご夫婦で、ご両親に隠していたんですね。 いよいよ伝えなければとなり、ご主人が自分から伝えたいけれど、心配だから一緒にいてほしいと頼まれたことがあります。 こういうふうに選んでもらえることもやりがいに繋がりますよね。

あと、先程の話と同じで、緩和ケア病棟で亡くなった患者さんのご家族で、高校生だった子が今ちばとくの看護師になっています。 まだ緩和ケア病棟に来ていないのですが、本当に嬉しいですね。ずっと「緩和に来たい」って言ってくれていますが、まだ急性期で勉強中です。

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Kajiwara :在宅で看取った患者さんで、緩和ケアに救われたといってメッセージ動画を遺してくださった方がいます。 当時看護学生だった息子さんが卒業後に緩和ケアの道に進んだことがあって、それはとても嬉しかったですね。

あと私の勤務していた診療所には、在宅ホスピスボランティア“葉っぱの会”というご自宅で過ごす患者さんやご家族を支えるボランティ組織があるのですが、自分たちが受けたケアのお返しがしたいと言って登録してくださる方がたくさんいます。 今回私が大会長を務めさせていただいた第47回日本死の臨床研究会年次大会にも、ポスターのデザインや会場アナウンスなどたくさんのご遺族が協力してくださいました。

私たちが何かケアをするだけではなく、患者さんご家族からもらうこともいっぱいあるといつも思っています。 「緩和ケアって、人の死にばかり向き合っていてつらくならない?」「よく続けられるよね!?」と言われることがありますが、楽しいというと語弊はありますが、すごく得るものが多いので、やめられなくなるんですよ。 ハマります。ケアさせてもらえることがありがたいなという気持ちが強いです。 ケアを通していろんな輪が広がり、繋がっていく。 この座談会でも一つの繋がりができましたね。


最後にグループの仲間へメッセージを!

がん看護 座談会12

Matsui :スタッフの相談、キャリアアップの相談を私たちができたら良いねと認定3人と話しています。 スタッフのためにもなるけど、仲間が増えて活動がしやすくなることは、患者さんのためになる、そのためのアピールを考えていこうと始めたところです。 学びたい人たちが、気軽に相談できるような場所を作り、もっといろいろなところに繋げていきたいので、そこを頑張りたいです。

Tomizuka :ちばとくは今447床で、あと50床増床し、障害者病棟ができます。 緩和ケア病棟は24床で、在宅は他機関と協働しています。 包括的緩和ケアが提供できるのが、ちばとくの強みですが、緩和ケア病棟とか緩和ケア外来、在宅緩和ケアだけじゃなく、急性期病棟でも、救急外来で患者さんのためにできることも、障害者病棟でも、どこにいても緩和ケアが受けられる病院になったら良いなと思っていてます。 そのためには仲間を増やすことが一番ですよね。 緩和ケアやホスピスのこころを持つナース、それを諦めないで実践できる仲間が増えるように、緩和ケア病棟で育ったナースたちが、それぞれの輝ける場所や自分が活きる場所、やりたいことができる場所で、緩和ケアをもっと広めてもらえるように働きかけるのがこれからの課題です。

Iwai :資格のあるなしにこだわらず、やりたい看護ができるように頑張ってもらいたいと思います。 あと私自身は急性期病院の中にもこのルイカやマギーズ東京のような空間が必要だと思っているので、一緒に取り組んでいけたら良いなと思っています。

Kajiwara :ホスピスのこころを広めていける活動ができたらと思っています。 エンド・オブ・ライフ・ケアや基本的緩和ケアを学ぶ、ELNEC-Jという教育プログラムがあります。 将来は徳洲会グループ内での開催というちょっとした野望をもっています。 徳洲会の仲間と一緒に学べると良いですね。


参加メンバーのご紹介

がん看護 座談会5

札幌南徳洲会病院
看護師長
梶原 陽子
2021年 入職

取得資格
がん看護専門看護師
資格取得学校
2020年 天使大学大学院

がん看護 座談会5

千葉徳洲会病院
看護師長
富塚 真理子
2015年 入職

取得資格
緩和ケア認定看護師
資格取得学校
2011年 埼玉県立大学

がん看護 座談会4

名古屋徳洲会総合病院
副主任
松井 遊香
2021年 入職

取得資格
緩和ケア認定看護師
資格取得学校
2017年 神奈川県看護協会

がん看護 座談会1

湘南鎌倉総合病院
岩井 典子
2011年 入職

取得資格
がん看護専門看護師
資格取得学校
2011年 横浜市立大学大学院



座談会の会場

地域緩和センター ruyka(ルイカ)
ホームケアクリニック札幌の建物内にあり「つなぐ・つながる・つながさる」をコンセプトとし、癒しの空間で、いつでも人々が集い、繋がり、支えられるように相談・活動・教育の3つの事業を展開している施設です。

がん看護 座談会15
がん看護 座談会13