病気の治療
Treatment of Disease
Treatment of Disease
現在、日本人の2人に1人は何らかの"がん"にかかり、 3人に1人は"がん"で亡くなる時代といわれます。そのなかでも罹患率(がんにかかる人の割合)も死亡率(がんにかかって死ぬ割合)も肺がんは増加傾向にあり、また他のがんより高い傾向にあります(図1)。
図 1 がん粗死亡率 厚生労働省・人口動態調査(2008年)
肺がんというと、一般には喫煙者の病気ととらえられがちです。実際、喫煙による肺がんの発症リスクは、男性で4.4倍、女性で3.9倍高まりますし、また周囲に流れるたばこの煙(副流煙)を吸う(受動喫煙)ことにより肺がんの発症リスクが1.3倍高まることも明らかとなりました。しかしタバコを吸わない人でも肺がんを発症することがあり、遺伝子異常などさまざまな研究が現在進んでいます。
肺がんは組織(がん細胞の種類)によって小細胞肺がんと非小細胞肺がんの2つに大きく分けられます。非小細胞肺がんはさらに腺がん・扁平上皮がん・大細胞がん・その他に分けられます(表1)。それぞれの組織型により最適な治療法が異なるために、肺がんと診断されると細胞診検査や組織診検査を行う必要があります。
組織型 | 特徴 | |
---|---|---|
小細胞肺がん | 小細胞肺がん | 喫煙との関連が大きい 早期に転移しやすい |
非小細胞肺がん | 腺がん | 女性・非喫煙者でも発症する |
扁平上皮がん | 喫煙との関連が大きい | |
大細胞がん | 進行が速く抗がん剤が効きにくい |
表 1 肺がんの組織型と特徴
肺がんの症状には、長引く咳・痰に血が混じる(血痰)・声がかれる(嗄声)・息が切れやすい・胸の痛みなどがありますが、早期の肺がんではこれらの症状が出ることはあまりなく、症状が出るころにはかなり進行していることが多いです。そのため肺がんを治すためには"早期発見"がとても大切になってきます。図2はある医療機関のデータですが、検診で発見された肺がん(グラフ上段)は比較的早期の肺がんが多く、逆に自覚症状があり病院を受診し発見された肺がん(グラフ中段)は比較的進行した状態にあることがわかります。また別の病気のために受診したら肺がんが見つかった(グラフ下段)人もかなり多いことがわかります。
図2 肺がんの発見契機と進行度の関係
肺がんの診断には、レントゲンやCT検査といった画像検査が不可欠です。しかし画像検査で「100%肺がんです」ということはできませんし、逆に「100%肺がんではないから安心してください」ということもできません。また、後述のように組織型を特定しなければ最適な治療法が決定できません。そこで画像検査で肺がんが疑われた場合には細胞や組織を採取して顕微鏡でがん細胞の有無を調べる病理検査が必要になります。細胞や組織の採取法にはいくつかありますが、それぞれにメリット・デメリットがあり、患者さんの病状に合わせて最適な方法を選びます(表2)。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
喀痰細胞診 | 体にかける負担がない | 検出率が低い |
気管支鏡(気管支カメラ) | 中枢型肺がんで適応 検出率はやや高い |
末梢型小型肺がんでは困難 気胸、気道出血などの合併症 |
CTガイド下肺生検 | 末梢型肺がんでも適応 |
中枢型肺がんでは困難 気胸、空気塞栓症などの合併症 |
胸腔鏡手術 | 末梢型肺がんでは確実性が高い 治療を兼ねられる |
全身麻酔が必要(侵襲が大きい) |
表 2 肺がんの細胞・組織診断の方法
気管支鏡については、日本呼吸器内視鏡学会HP(http://www.jsre.org/qa.html)もご参照ください。
病理検査で肺がんと診断されたら、進行度(病期・ステージ)を診断し、それに基づき治療方針などを決定するために以下の検査を行います。
余談ですが、日本では肺がんの早期発見のため胸部レントゲン検査を検診で行っています。喫煙者にはさらに喀痰検査を追加します。しかし、これらはいずれも検出率が低く、見つかったときにはすでに進行しているということも少なくありません。現在は胸部CT検査を用いた任意型検診が広まり、早期肺がんがかなり見つかるようになってきています。米国で行われた重喫煙者を対象としたCT検査を用いた大規模な調査では、肺がんによる死亡リスクだけでなく、全死因による死亡率も下げることがわかりました(肺がんでない影も肺がんかもしれないと診断されることで無駄な手術が行われるという否定的な意見もあります)。そこで欧米では胸部レントゲンは行わずに、CT検査で検診を行うのが標準とされています。
肺がんの治療法は、病気の進行度(ステージ)と組織型により異なります。
肺がんの予防法で効果が証明されているものは"禁煙"だけです(図3)。前述のように、喫煙は肺がんを発症するリスクを男性で4.4倍、女性で3.9倍高め、非喫煙者でも周囲に流れるたばこの煙(副流煙)を吸う(受動喫煙)ことで1.3倍高まります。
全がん | 肺がん | 全がん | 肺がん | ||
---|---|---|---|---|---|
禁煙 | 確実 | 確実 | 大豆 | ? | |
節酒 | 確実 | ? | 穀類 | ? | |
肥満 | ? | ? | 乳製品 | ? | ? |
運動 | ? | ? | 緑茶 | ? | |
感染症 | 肺結核で↑ | コーヒー | |||
野菜 | ? | ? | イソフラボン | ? | ? |
果物 | ? | 可能性あり | ビタミンE | ? | ×? |
肉 | ? | ? | β-カロチン | ? | × |
図 3 肺がんの予防法の有効性
タバコを吸うと約7秒でニコチンが脳に作用します。ニコチンは一時的に精神を集中させて運動神経の機能を改善し、頭の意識をはっきりと覚醒させる一方、精神をリラックスした気分にさせますが、これらの「よい」作用は数分間で失われます。そのため体は次のニコチンを求めるようになり、ニコチンを得られないとイライラなどの禁断症状が出てきます(ニコチン依存症)。
そこでタバコを吸うと再びニコチンが作用して禁断症状が抑えられ、気持ちが落ち着きますが、タバコを吸わないでいるとどうなるでしょう? 効果は10~20分ほどで現れますが、自分で禁煙の自覚できるような効果は3日程度経ってからでしょう。味覚や嗅覚が敏感になり食事をおいしく感じ始めます。呼吸も楽になり疲れにくくなります。そのころにはニコチンが体内から完全に抜けています。しかしまだ油断はできません。1カ月後には禁煙による離脱症状がかなり軽くなってきていますが、禁煙に失敗しやすい時期でもあります。3カ月を超えると咳や痰がなくなり体のだるさもなくなり、禁煙に成功したといえます。その後は何かのきっかけがない限り禁煙はほぼ成功です。図4はイギリスのタバコ白書が発行した禁煙後に現れる健康改善効果を示すものです。
図 4 禁煙後に現れる様々な健康改善効果
(イギリスタバコ白書「Smoking Kills」, 1998 / IARCがん予防ハンドブック11巻, 2007.)
肺がんリスクが低下するには禁煙後、数年以上かかります。しかし禁煙を継続することでタバコを吸わない人と同等なレベルまで肺がんリスクを低下させることができるのです(図5)。ぜひタバコを吸う方は禁煙に取り組んでみてください。
図 5 禁煙による肺がんリスクの低下