
徳洲新聞ダイジェスト
Tokushukai medical group newspaper digest

徳洲新聞ダイジェスト
Tokushukai medical group newspaper digest
2022年(令和4年)08月01日 月曜日 徳洲新聞 NO.1349 4面

6月19日に30年に及ぶ現役生活にピリオドを打った亀山耕平。引退から1カ月が過ぎ、どんな思いでいるのか。あらためて選手時代を振り返ってもらうとともに、今後について語ってもらった。
──選手時代と生活は変わった?
「今はセカンドキャリアに向け準備を進めると同時に、徳洲会体操クラブに貢献できる活動を考えています。故郷の仙台での活動もあり、現役とは違う忙しい日々を送っています」
──あらためて現役生活を振り返って。
練習後に付けるノートは50冊ほどに。ロンドン五輪で代表を逃した時期を見返すと、深夜2時40分に、びっしりと気持ちが綴られ、米田監督への思いも
「本当に多くの方に引っ張り上げていただいた体操人生でした。小学生、高校生、社会人と、いつも困難な時に誰かが私を助けてくださる。本当に感謝してもしきれません。もちろん、家族、ファン、徳洲会の皆様にも感謝しています」
──とくに米田功監督との出会いは運命的だと。
「12年のロンドン五輪を目指し『人の話を聞いている暇はない』と、一心不乱に練習に打ち込んだのですが、結果的に大失敗。努力の方向がわからなくなった時期がありました。練習後に思ったことなどをノートに綴るようにしており、その時に『早く(米田)功さんの話が聞きたい。話してみたい』と書いたのです。当時は面識もなく、なぜそう書いたのか理由は覚えていないのですが、その翌年、徳洲会体操クラブに米田監督が着任、大きな転機になりました。
少しして監督から練習内容を見直すようアドバイスされ、より濃密な練習に変更。『視野が狭いからいろいろ知識を付けなさい』と、本を読むことも勧められました。人生で2冊くらいしか本を読んだことがなかったのですが、多い時は1日8冊を読破。徳田虎雄・名誉理事長の本も読ませていただきましたし、徳洲新聞の『直言』に線を引いて意味を調べたこともありました。監督の言葉に励まされ、セルフイメージを『練習しても試合で失敗するのが自分らしい』から『きちんと練習すれば代表を狙えるのが自分らしい』とプラスに転換でき、それが13年の世界選手権種目別のあん馬で金メダルを取ったことにつながっていきました」
──今後の活動は?
「来年からは故郷の仙台を盛り上げたいと思っています。テーマは“普及と復興”。体操の普及と東日本大震災からの復興です。スポーツの力を信じ、地域の学校や体操クラブを回りたい。多くの方に支えていただいた恩返しを仙台から。仙台徳洲会病院にも、うかがいたいと思っています」