徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

榛原総合病院(静岡県) 院長
森田 信敏(もりたのぶとし)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

森田 信敏(もりたのぶとし)

榛原総合病院(静岡県) 院長

2026年(令和8年)03月09日 月曜日 徳洲新聞 NO.1533

エンパワーメントを推し進めつつ
職員が夢をもてる病院づくり邁進
少子高齢・人口減少時代を生き残るために

1月12日、医療法人徳洲会が指定管理を行う当院の構成市である牧之原市の市制施行20周年記念式典が盛大に行われ、徳洲会を代表して出席された東上震一理事長に感謝状が贈呈されました。私も臨席させていただきましたが、感慨深かったのは東上先生の名前が最初に呼ばれたことです。これは、単に当院が日頃の医療に貢献している以上の謝意の表れではないかと思えたからです。

徳洲会に指定管理を依頼し 「本当に良かった」と実感

当院は2010年、徳洲会の指定管理第1号の公立病院に移行しました。当時の状況は過去の私の「直言」に何回も書いていますが、最近、新たに徳洲会グループに加わられた病院も多いので、また執筆させていただきます。当院は近代化計画の下、06年に立派な病院が完成しました。その2年前、新医師臨床研修制度が開始され、医局から派遣された医師の大学病院への引き上げが徐々に始まり、医師不足の直撃を受け、業績が悪化していきました。

ほぼ時を同じくし米国でサブプライムローン(住宅ローン)問題が起き、米国が不況となり、牧之原市にある工場で生産した自動車が米国で売れず、市の税収が減り、病院に資金補塡できない状況に陥りました。09年には膨大な累積赤字により、銀行からの追加融資も断られ、当院の運転資金が枯渇、閉院には、莫大な建築費を銀行に一括返済するしかなく、当院が存続しないと、市は財政破綻する危機的状況だったようです。市は徳洲会に指定管理を依頼、当時の徳田虎雄理事長の英断により引き受けていただき、今年で指定管理16年目です。こうした経緯が冒頭の話につながるのです。

私は大学派遣により02年に当院に赴任、医師人生の3分の2を当院で過ごし、半分を徳洲会にお世話になり、院長としては12年目です。私も含め職員の多くは徳洲会が来るということで、大きな不安を抱えていましたが、徳洲会に指定管理を依頼して本当に良かったと思います。指定管理者の候補として名前が挙がった他の医療法人と異なり、徳洲会は離島・へき地医療を以前から行っており、当院のような地方の病院にもグループで応援する文化があったからです。

しかし、大学医局は全撤退、医師以外の多くの職員も、われ先にと辞めていき、組織が崩壊していくさまを内側から体験しました。そうした混沌とした中、湘南鎌倉総合病院院長の小林修三先生に副院長として入っていただき、宇治徳洲会病院院長の末吉敦先生に循環器チームを率いて心臓カテーテル治療を再開していただくなど、全国の多数のグループ病院からのご支援により、再スタートを切りました。今だからこそわかりますが、どこも人員的に苦しい中、やりくりして当院を支えていただいたことに深く感謝しています。

徳洲会の応援という文化 驚くとともに大変心強く

当時、職員数236人でしたが、現在は509人(非常勤含む)、稼働病床308床、救急車受け入れも22年には2,000台を超え、以降2,200台程度を維持しており、救急機能を維持した地域密着型の病院として信頼を得ています。私も残留を決めた時は不安で辛かったのですが、遠方から応援をいただき、徳田先生にも激励していただき、徳洲会の応援という文化に驚くとともに、大変心強く感じたのは懐かしい思い出です。一人で再開した整形外科手術も当初、月20件くらいから始め、今では年間700件に上ります。

最近、多くの公立病院が赤字で多額の補助金の補塡を受けているとの報道がありますが、資金がなければ医療機器の更新もままならず、老朽化しても建て替えもできません。民間では当然ですが、公立でも当院のように、どうなるかわかりません。統廃合の対象にもなり得ます。しかし、徳洲会というメガグループに属することで、努力と厳しい評価を受けたうえですが、本当に必用なものは迅速に対応いただけるのが大きな強みです。

各種実績も稼働病棟も増えていますが、医師数は私の力不足で相変わらず少ないのが現状です。これまで数年おきに病棟を開いてきましたので、今後は内容の充実に努めていきます。少子高齢・人口減少時代を生き残るために、エンパワーメント(権限付与)を推し進めつつ、職員が夢をもてる病院づくりを行いたいと思います。

皆で頑張りましょう。

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