
直言
Chokugen

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直言 ~
加藤 千雄(かとうかずお)
名古屋徳洲会総合病院 院長
2026年(令和8年)01月13日 火曜日 徳洲新聞 NO.1525
名古屋徳洲会総合病院の院長を拝命してから3回目の正月を迎えました。全職員の活躍のおかげで、幸いなことに、無事に右肩上がりの業績を維持することができています。多くの医療機関、とくに急性期医療を担う大病院のほとんどが、業績が低迷し赤字経営に陥っているなか、徳洲会グループは健全な黒字経営を成し続けています。
病院運営に何より重要なのは、職員皆の意識、職種間の相互協力にあることは論を俟ちません。私たち医療職のほとんどは、学生時代、一生懸命に勉強し、国家資格を取得して社会に出てきました。恐らく誰もが、その頃の努力を生かし、社会に貢献することを夢見て仕事に就いていることでしょう。そんな夢を見つつも、いざ実際に職に就くと、思い描いてきた理想の環境と現実とのギャップに悩まされる人は少なくありません。誰だって楽をして給料をいっぱい貰いたい、3K(きつい、汚い、危険)と呼ばれる仕事なんてしたくない、できれば遊んで暮らしたい。
ところが、ところが……。
昨年は秋が短く急に冷え込んだせいか、インフルエンザの流行が早くから始まりました。当院では、いつもは年末に逼迫するベッドが、この原稿を書き始めた11月中旬からオーバーベッド状態で、今も明日の予約入院のためのベッドを使い、ER(救急外来)からの入院を受け入れています。「明日の予約患者さんが入院できなくなったらどうするのか」、そんな声が聞かれるのは、ほんの一瞬で、現場は黙々と目の前の患者さんへのケアを進めます。
私は海軍将校として戦場に赴いた父と、焼夷弾の雨のなかを生き抜いた母に育てられました。母は三つ指をついて父の帰りを待つほどではありませんでしたが、男尊女卑の空気が漂う時代、私は母からも日本男児であれと刷り込まれながら、今ではあり得ない家長を中心とした昭和の家庭で育ちました。学生時代は先輩や後輩に恵まれ(?)、完璧な体育会系上下関係のなかにいました。社会に出てからもパワハラやセクハラといった言葉など全くなく、何でもアリのなか、先輩、上司からの指示に、“わかりました”以外の返事をすることは一切ありませんでした。研修医時代も「働き方改革」という言葉など、もちろんない昭和の世界で、ドリンク剤の「リゲイン」を飲んで24時間働くことが当たり前の時代でした。
アンパンマンの父親である作家、やなせたかしさんは、“正義は逆転する”と、戦争体験を通じて訴えた一方、“献身と愛”は逆転しない正義とも述べられています。がむしゃらな生活を是として戦後の高度成長を成し遂げた昭和の働き方は今や全否定され、昭和人である私が体験したリゲインや愛の鞭でさえも許されない時代となっています。翻って、お腹をすかせた人に自分の体をちぎって分け与える“献身と愛”を実践するアンパンマンは、私たちの理念である“いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療を受けられる社会”と相通じるものがあります。
令和の今、患者さんのために自己犠牲を厭わず自分の体を差し出す、明日のためのベッドを今日使い、まずは目の前の患者さんを助けようとする“徳洲会魂”の実践は、人によっては違和感をもって受け止められるかもしれません。それでも職員自らが医療者としての原点に立ち返り、アンパンマンになってくれている姿に、心から敬意を表しつつ、私自身も誰にも負けないアンパンマンになって、その姿を見せ続けるよう努力しています。
医療界では一人では何もできません。多くの職種が仲良く協力して助け合い、病魔と闘うことで勝利が得られるのです。まずは自分がヒーローとして認められるよう背中を見せ、仲間のなかにアンパンマンを一人ずつ増やしていく、ヒーローを増やしていく、徳洲会魂を広げていく――。院長拝命後、これまで病院内全病棟を毎週ラウンドしてきました。まだ全職員の顔を覚えきれていませんが、職員皆のおかげで、当院の業績は支えられています。これからも多くのアンパンマンに支えられて、ますます徳洲会グループは発展していくと確信しています。当院の全職員の皆さん、そしてグループ全職員の皆さん、本当にお疲れ様です。ありがとうございます。
これからも皆で頑張りましょう。