徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

鹿児島徳洲会病院 院長
保坂 征司(ほさかせいじ)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

保坂 征司(ほさかせいじ)

鹿児島徳洲会病院 院長

2025年(令和7年)11月24日 月曜日 徳洲新聞 NO.1519

「島で手術してくれてありがとう」の言葉
やりがい・意義を再確認し胸が高鳴る瞬間
離島ではそっと手を差し伸べるサポートを意識

今回は、まず鹿児島県の現状について少しお伝えします。鹿児島県には離島を含め現在12の徳洲会病院が存在しますが、すべて医師会未加入です。これが徳洲会発祥の地の実状です。これまでの歴史など、いろいろと耳にしましたが、いやはや深い。しかし当初の懸念に反し、私が鹿児島に来てからの当院に対する評価は意外と好意的で、鹿児島市内外の病院、クリニック、消防署も含め、むしろ当院に対する期待の高さを感じます。初めて大学病院院長が新任挨拶に来られ、記憶に新しいところでは、徳之島徳洲会病院の竣工式に塩田康一知事が出席されました。着実に鹿児島県も変化しています。

そんな環境ですが、我々が目指すべきところは、地域の患者さんに必要とされる病院であることに尽きます。許可病床を使い切り、地域の皆さんに質の高い医療を提供して健康と生活を守ることを意識し、全職員が頑張っています。とくに医局においても循環器内科医、脳神経外科医による血管内治療や整形外科医、形成外科医、消化器外科医による手術増加で、手術数がここ2年で倍増しています。また、5月には久しぶりに病院祭を開催しました。当院が新築移転した頃は、新型コロナ感染症が蔓延し地域に周知ができませんでした。病院祭は徳洲会体操クラブ選手の応援もあり大盛況で、その後の外来患者数増加に大きく寄与しました。

「徳洲会に戻るなら手術できない離島での手術をさせてください」

当院の発展のその先にあるもの、それは、より医療資源が乏しい離島・へき地へ手を差し伸べることです。私が宇和島徳洲会病院に招聘された際、貞島博通総長に「徳洲会に戻るならば、手術ができない離島での手術をさせてください」と話したことが思い起こされます。これは私が福岡徳洲会病院在籍中に経験した喜界徳洲会病院での手術経験が大きく影響しています。当たり前の治療を自分の生活する場所で受けることができない。高齢の方、金銭的に余裕のない方は治療をあきらめるケースもあります。「いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療を受けられる社会の実現」、離島手術も、この徳洲会が目指す理念そのものです。ちょうどその頃、与論徳洲会病院の高杉香志也院長が「島でできることは島で完結させたい」との強い意思表明をされ、外科手術が始まり、その立ち上げに関わらせていただきました。現在も与論島で手術が継続的に施行されています。

離島での手術で大切なのは職員に 可能な限りストレスかけないこと

そして私が鹿児島徳洲会病院へ異動する際に、外科手術ができなかった屋久島徳洲会病院の山本晃司院長(現・名誉院長)から手術依頼がありました。それまでは屋久島で手術が必要な患者さんは、徳洲会以外の鹿児島市内の病院へ紹介されていました。小さな手術からゆっくりと始め、現在では屋久島でできる手術は屋久島で、大きな手術は当院で、そして緊急手術症例はドクターヘリで当院へ搬送と、多くの外科手術をグループ内で完結できるようになりました。

外科医不在の離島でも、つないだ電子カルテで情報を確認し、手術適応を即座に判断して搬送か経過観察かの答えを出せる環境は、同じ電子カルテを使用しているグループのメリットが最大限に生かされた徳洲会ならではの医療だと実感しています。

徳洲会TV「離島・屋久島に外科手術を届ける」はここから

離島手術で大切なことは、患者本位であることはもちろんですが、それ以上に大切なのは、その離島の病院職員にできるだけストレスをかけないことです。離島の職員を育てるために、手術室看護師もあわせて同行する時があります。手術は多くの職種が関わり、医療安全面で最も事故が起こりやすい医療行為です。日程調整など患者さんにも理解を求めつつ、職員が万全の体制で臨める環境で手術予定を立てなければいけません。手術に対し職員がマイナスのイメージを持てば、手術は定着しません。私はそっと手を差し伸べるサポートを常に意識しています。離島で手術を受けた患者さんの多くが、退院後初の外来で「島で手術してくれてありがとう」と言われます。離島手術のやりがい、意義をあらためて確認すると同時に、心が熱く動かされ元気付けられます。医療資源が圧倒的に乏しい離島・へき地の患者さん、そして仲間のために、皆で頑張りましょう。

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