徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

野崎徳洲会病院(大阪府) 院長
田村 雅一(たむらまさかず)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

田村 雅一(たむらまさかず)

野崎徳洲会病院(大阪府) 院長

2025年(令和7年)11月17日 月曜日 徳洲新聞 NO.1518

大阪大学との関係性を密にしつつ
すべての診療科で高度な医療実践
がん治療も一層拡充し真に頼れる病院を目指す

当院が1975年に、徳洲会2番目の病院として大阪府東部の大東市に開設されてから、10月1日で50年となりました。これまでのグループの皆様からの温かいご指導に深く感謝申し上げますとともに、近年の状況をお知らせいたします。

「一次脳卒中センターコア施設」 地域の脳卒中診療の中核を担う

当院の中心的な診療科である脳神経外科は2006年に中川秀光副院長(現・総長)が赴任以後、人員が着実に増え、山田正信・脳神経センター長、岩本文德部長を含め現在、8人です。毎日交代で医局員が当直し、昨春からは「一次脳卒中センターコア施設」として、地域の脳卒中診療を担っています。発症後、時間との闘いである重症脳梗塞に対し、24時間体制でtPA超急性期血栓溶解療法、緊急血栓回収治療を行い、本年4月以降の上半期で20例を治療しました。医局員の増加と共に症例数を増やしてきたのが脊椎・脊髄疾患です。転倒、転落や事故による頸髄損傷には受傷早期の除圧手術が推奨されます。24時間体制で手術を行える施設が極めて少ない中、救命センターや大阪府内全域からの転送も含め、年間40例以上の緊急手術を行っています。待機手術としての変形性頸椎症、腰椎症、腫瘍なども加えると、年間80~100例の脊椎手術になります。

これら治療対象疾患の拡大で、4月・6月度は、脳外科の月間総手術数が50例を超えました。今後も地域における脳卒中をはじめとした病態に最善の対応を行っていきます。

次に、ここ1、2年で体制に変更のあった診療科をご紹介します。心臓血管外科は07年開設ですが、その後、担当医が数回変遷し、昨年度からは滋賀医科大学医局からの榎本匡秀部長と若手専攻医2人で診療を行っています。循環器内科は06年開設以降、数回の担当医交代を経て、本年度より岸和田徳洲会病院から藤原昌彦副院長、築澤智文医長の2人が着任しました。心臓カテーテル治療以外に、藤原副院長の専門である下肢動脈硬化に対する最新治療など、高度な診療も行っています。心房細動に対するアブレーションも月6~10例行うなど、心臓血管センターが機能し、従来と比べ多種の疾患に対する適正、的確な治療が可能となりました。整形外科は本年度から兵庫医科大学医局より小倉宏之部長、中村吉宏医長、嶺尾勇和医員が着任し、従来以上の手術数となっています。

泌尿器科は1年のブランクを経て本年度より大阪大学医局から中井康友部長、王聡副部長の派遣をいただき、各種泌尿器がん、前立腺肥大などに対し、ダヴィンチ手術を含めた最新の治療が可能です。放射線治療科では昨年度より、大阪大学保健学科教授を退官された小泉雅彦センター長が着任、また本年度からは同大学名誉教授の手島昭樹部長にも就任いただきました。周辺医療機関への広報活動も活発で、着実に照射症例が増加しています。大阪大学内分泌・代謝内科からは糖尿内科外来に週4人の応援をいただき、内科系専門外来を推進しています。

診療実績が救急搬送に左右され 季節ムラが大きいという問題も

徳田虎雄・名誉理事長は1938年のお生まれですが、その100年前(天保9年)に大阪大学の前身である適塾が、緒方洪庵先生により開設されました。洪庵先生は塾生への書簡で頻繁に「道のため、人のため、国のため」に努力するよう書かれています。<日々の医業では目の前の患者しか救うことができない。最新の医学原書(阿蘭陀語)をいち早く翻訳、出版することで医学情報を広め、医療水準を向上させることにより、「万人」を救える>という大きな視野で、1,000人以上に及ぶ塾生に蘭学を教え、自らは病気がちの中、寸暇を惜しんで原書翻訳を急ぎ、さらには天然痘、コレラの治療にも先駆的な貢献を果たしました。その教育目標は単なる医師養成ではなく、塾生が多様な分野、領域で指導者となり、社会に広く貢献することでもありました。「小医は病を癒し……徳洲会は世界を癒す」という徳田・名誉理事長の志しに通じるものを感じます。

当院の診療実績は救急搬送に左右され、季節ムラが大きいという問題もあります。今後も徳田先生の出身である大阪大学との関係性を密にしつつ、すべての診療科において高度な医療を実践し、がん治療もさらに拡充して地域の方々が真に頼れる病院を目指します。

皆で頑張りましょう。

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