
直言
Chokugen

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直言 ~
中山 義博(なかやまよしひろ)
医療法人徳洲会 常務理事 大隅鹿屋病院(鹿児島県) 院長
2025年(令和7年)11月03日 月曜日 徳洲新聞 NO.1516
私は1988年に佐賀医科大学を卒業後、同大学胸部外科に入局し、心臓外科医を志しました。卒後3年目の9月より半年間、福岡徳洲会病院心臓血管外科に派遣されたのですが、私の医師人生で最も過酷な時期となりました。指導医の先生は大変厳しい方で、“患者さんがICU(集中治療室)にいる限りは病院に寝泊まりしろ”という方針だったため、院外で過ごしたのは半年のうち正月休みの1日のみでした。今でも同院の南側にあるマンションを見るたびに、部屋を借りたものの一度も寝泊まりすることなく、段ボールを部屋に入れた日と取り出した日の数時間の思い出だけがよみがえります。
過日の医療は、医師の献身的で圧倒的な業務量に支えられていたと言っても過言ではありません。各分野のエキスパートの育成も、昭和の高校野球の強豪校的な指導方針が多かったように思います。実際、当時の同院心臓外科の研修を修了した若手医師の多くは、心臓外科のIndependent Surgeonに育っています。一方で厳しい指導に耐えられず、志半ばで心臓外科医の道から外れた先輩後輩を数多く見てきました。彼らが今の時代の指導方法でエキスパートを目指していたら、どうなっていたか。指導方法はどうあるべきか。未だに自分の中で結論は出せていません。
2024年4月に始まった「医師の働き方改革」により、医師の勤務状況は劇的に変化しました。特に医師の少ない病院では総業務量の減少により収益も減少、経営状況の悪化が懸念されています。このような状況下でも安定して収益を上げるため、我々はあらゆる努力を行わなければなりません。当院は総床数391床に対し、常勤・非常勤医合わせて40人前後と、決して多くない中で、日々の業務を遂行しています。その結果、医師の少ない診療科の場合は勤務時間の制限により、診療制限をせざるを得ない状況となってしまいます。これを回避するため、少しでも人的に余裕がある診療科の医師が、専門外の診療を行うことで対応しています。具体的には循環器内科医が内科疾患、整形疾患、時には外傷の診療も行っています。
ただ、他科の診療をカバーし合うのにも限界、弊害があります。エキスパートを目指す若手医師のモチベーションの低下です。ある程度の範囲内ならば、他科診療は主科の診療能力の向上につながりますが、限界を超えると離職や、主科に専念できるハイボリュームセンターへの移籍願望が噴出してしまいます。やはり当院の場合、医師対策は、引き続き最優先課題として行う必要があると痛感しています。
専門職の機能分担(タスクシフト)の見直しも急務です。医師は医師にしかできないことに機能を集中させ、専門職の仕事の役割分担や治療のマネジメントも再考し、効率的に活用すべきです。医師を1人養成するのに1億円の費用がかかります。そうでなくとも労働人口が減少する中で、患者増加に比例して医師を増やすことは不可能ですから、業務分担の見直し・効率化を考えざるを得ません。
タスクシフトには多岐にわたるメリットが考えられます。
①業務効率の向上:各担当者が自身の専門性を生かせる業務に集中することで、組織全体の業務効率が飛躍的に向上します、②職員のモチベーション向上:新たなスキルの習得機会や、より責任のある業務への従事を通じ、職員の職務満足度とモチベーションが向上します、③組織の柔軟性の向上:特定の業務が特定の個人に集中するリスクが低減されるため、急な欠員などにおいても組織として迅速かつ柔軟に対応できます、④コスト削減:業務の適切な再分配を行うことで、不必要な業務や重複する業務を特定し、削減できる可能性があります、⑤専門性の深化:職員が各自の専門分野に集中することで、その分野における知識やスキルがさらに深まり、組織全体の専門性が向上します。
これらのメリットを最大限に引き出し、効果的なタスクシフトを実現するためには、適切なタスクの洗い出しと分類、各担当者のスキルと意欲の正確な把握、そしてチーム内での明確なコミュニケーションが不可欠です。
これからもチーム医療を推進し、皆で一丸となって頑張りましょう。