徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

医療法人徳洲会 副理事長
八尾徳洲会総合病院(大阪府) 総長
福田 貢(ふくだこう)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

福田 貢(ふくだこう)

医療法人徳洲会 副理事長 八尾徳洲会総合病院(大阪府) 総長

2025年(令和7年)09月01日 月曜日 徳洲新聞 NO.1507

「Just a Routine Operation」に垣間見る
ヒューマンファクターと医療安全の本質
一つの麻酔事故から組織文化とチーム対応を学ぶ

「Just a Routine Operation(ただのいつもの手術)」は、英国で発生したエレイン・ブロミリーさんの麻酔事故をもとに制作された教育用ドキュメンタリーです。この映像および実際の事例は医療技術のみならず、医療チームとしての対応・判断・文化が、事故の発生と回避に、いかに深く関与するかを問いかけています。

エレイン・ブロミリー(37歳、2児の母)は健康状態に大きな問題もなく、通常の副鼻腔手術を受けるため、2005年3月29日の朝に入院します。午前8時30分、担当麻酔科医のアンダートン医師により、静脈麻酔が開始されますが、その直後から状況は急変します。喉頭マスクの挿入が不能であり、さらに顎の筋肉の硬直により、代替の小型マスクも使用することができません。8時37分には動脈血酸素飽和度が75%まで低下し、酸素マスクを介しての用手換気が試みられます。しかし酸素化に改善はなく、8時41分、耳鼻科医と別の麻酔科医が現場に呼ばれ、気管内挿管を試みますが、喉頭鏡による声門の視認ができません。

8時47分、最も経験豊富な看護師が現場の危機を察知し、自らの判断で気管切開キットを準備します。準備完了後3人の医師に報告しますが、いずれの医師からも明確な反応はなく、チームは、なおも気管内挿管の実施に固執します。

看護師は再度の声掛けを躊躇しました。酸素化が十分に得られた時は、すでに9時を過ぎており、医師たちはエレインが高度の低酸素血症に20分以上晒されたことに愕然とします。その後、彼女の意識は昏睡のまま戻らず、13日後に帰らぬ人となりました。

心理的安全性と柔軟な チームの構築が重要に

事故報告書には「現場における医療者間の積極的な意思疎通の試みは認められなかった。経験を積んだ人間ほど自己の判断を疑いにくく、チーム全体がその方向に引っ張られてしまう」と記載されています。夫であり航空機パイロットでもあるマーティン・ブロミリー氏は、後にこう語ります。「妻を失ったのは知識や技術の問題ではなく、人間関係と文化の問題だった」と。この言葉は、医療現場におけるヒューマンファクターの本質を突いています。

この事例は、医療チームにおける「心理的安全性」の欠如が、いかに危機管理を妨げ、命を奪う可能性があるかを明確に示しています。医療の現場において突発的な危機が発生した時、チームの誰が異論(方針変更)を唱えられるのか。リーダーが極度の集中と緊張で視野狭窄に陥った時、周囲はどう支え、どう軌道修正ができるのか。こうした問いに対する備えは、平時の関係性や組織の文化に大きく依存しています。私たち医療者は、しばしば自らの判断や技術への自信を強く持ちます。それ自体は大切なことです。

しかし一方で第三者の視点、他職種の提言、そして異論を受け入れる柔軟性をあわせ持つことが不可欠なのです。現場では代替手段を提案できる環境を整え、時にはリーダーの交代さえ視野に入れた体制と訓練が求められます。このような状況に備えるためには、現場での役割分担と介入権限規定の明文化、定期的なシミュレーション訓練の実施、そして何より日常からの信頼関係の構築が欠かせません。声を掛け合える関係性が平時に築かれていなければ、非常時には命を救う行動にすら結び付かないのです。

日常に根ざした安全文化 実践と継続に努めていく

完璧な人間はいない。このことを前提としたチームづくりと安全文化の共有こそが、命を守る医療の土台であり、徳洲会の屋台骨でもあります。事故は個人の判断ミスのみならず、見過ごされた声、伝わらなかった意図、踏み込めなかった一言など、小さな綻びの積み重ねにより発生します。現場では、エラーを許容しつつも早期に是正できる仕組みを育てていかなければなりません。それは再発防止策にとどまらず、現場で働くすべての医療者自身を守ることにもつながります。安全は偶然の産物ではなく、日々の確認、声掛け、報告、そしてお互いを信頼し合う文化の上に成り立ちます。私たち一人ひとりが、自らの行動は他者の命に直結していることを自覚し、日々の現場に真摯に向き合うこと。これが医療安全のルーティンであり、継続的な取り組みによってこそ、真に実現されるものであると考えます。皆で頑張りましょう。

PAGE TOP

PAGE TOP