直言
Chokugen
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直言 ~
木山 輝郎(きやまてるお)
武蔵野徳洲会病院(東京都) 特命副院長(消化器外科部長)
2024年(令和6年)12月16日 月曜日 徳洲新聞 NO.1471
12月5日から2日間、東京の一橋講堂で、第54回日本創傷治癒学会を開催しました。講堂の周囲は紅葉が美しく、晴天にも恵まれ254人の参加がありました。恩師である日本医科大学名誉教授で、本学会名誉理事長の徳永昭先生が開催した本学術集会を、会長としてサポートでき、大変光栄に思っています。また、開催にあたり、徳洲会本部、武蔵野徳洲会病院をはじめ徳洲会病院の皆様からご支援いただき、本当にありがとうございました。
特別講演では、京都大学副学長の岩井一宏教授から「細胞内鉄動態、フェロトーシスの解析」を、また徳島大学宇宙栄養研究センター長の二川健教授から「無重力や寝たきりによる筋萎縮の栄養学的治療法の開発」をテーマに、お話しいただきました。細胞内と無重力という新たな視点から、創傷治癒を考える機会をいただける有意義な機会になりました。また、シンポジストとして武蔵野病院泌尿器科医長の小田金哲広先生、皮膚・排泄ケア認定看護師の間瀬直子看護師が発表。一般演題では宇和島徳洲会病院の中島由美子看護師、武蔵野病院の山下奈々看護師と佐藤和義薬剤師、松原徳洲会病院の河内仁志薬剤師、鎌ケ谷総合病院の磯邊さやか看護師が発表しました。
ランチョンセミナーでは、湘南鎌倉総合病院スポーツ総合診療センター部長の髙森草平先生から「スポーツ診療と創傷治癒」を講演いただきました。ふだん知らないスポーツ医学の内緒話に、皆さん感心していました。1日目の夕方に開いた全員懇親会では、創傷治癒に関するすべての研究者が集うことができました。日常診療だけでなく、本学会のような基礎的研究にも重きを置く学会活動にも、徳洲会が貢献することは素晴らしいと実感しました。
会長講演は「創傷治癒と消化管」としました。創傷治癒研究との出合いは、米国Johns Hopkins大学外科に留学した時に行った創傷治癒と栄養経路の研究です。消化管を用いるほうが静脈栄養よりも創傷治癒が促進することを示すことができ、過日、本学会から奨励賞をいただきました。
しかし、そのメカニズムは現在も明らかではありません。先日、腸内細菌の産生する水素ガスが、細胞内の酸化還元状態を変化させる可能性を示すことができ、消化管利用と創傷治癒促進との糸口を見つけたと考えています。
水素1気圧、pH0の時の標準水素電極を0Vと定義し、電極電位は決められます。可逆性水素電極は、水素イオン活量と水素ガス活量の対数に比例し変化します。水素イオンはpHとして電気的に水素電極、またはガラス電極で測定します。pH7.4は水素イオン濃度40nM(モル濃度)です。
一方、水素ガスは腸内細菌で炭水化物が分解され産生されます。健常人の早朝空腹時の濃度は13ppm(100万分の1)でした。溶存水素濃度はヘンリーの法則から10nMとなります。水素イオンと同じくらい溶存水素ガスが体内にあります。したがいまして、pHと同じように、水素ガス活量を用いて電極電位の変化を調べられます。
食事をする、とくに食物繊維などの炭水化物を摂取すると、腸内細菌により水素が産生され、呼気水素が増加します。日常生活を行ってから昼前に呼気試験をすると、早朝に比べ水素は減少していました。私たちの体のエネルギー産生はミトコンドリアの電子伝達系で行われます。ネルンストの式から、酵素の電極電位は反応速度である電流と比例します。それぞれの酸化還元酵素の活性中心は、個別の電位を持っていますが、電極電位は参照電極電位との差で求められます。可逆性水素電極は、参照電極として基準になります。
したがいまして、酸化還元酵素の電極電位の変化は、可逆性水素電極電位の変化、つまり水素イオンと水素ガスの変化に比例します。つまり、pHの変化による酸化だけでなく、水素が減ると体は酸化され、電極電位は低下します。このことから、経腸栄養を行うと創傷治癒が促進されるのは、腸内細菌で水素が産生され、エネルギー産生を促進したことが推察されました。
日常診療では腸管をできるだけ使うことが推奨されています。水素研究が創傷治癒のイノベーション(革新)につながるのではと、今後の研究進展に期待しています。皆で頑張りましょう。