直言

Chokugen

清川病院(神奈川県) 院長
清川 まどか(きよかわ まどか)

直言 ~ 生命 いのち だけは平等だ~

清川 まどか(きよかわ まどか)

清川病院(神奈川県) 院長

2023年(令和5年)06月12日 月曜日 徳洲新聞 NO.1393

新病院建設し慢性期・回復期医療に注力
地の利を生かし健診・人間ドック事業も
「誠実、親切」モットーに徳洲会の理念実践

当院はJR鎌倉駅、江ノ電鎌倉駅から徒歩5分、源頼朝公ゆかりの鶴岡八幡宮の参道に面した一角に立地しています。病院開院は1902年(明治35年)7月で、今年で121周年を迎えますが、もともとは診療所(養生所)として1891年に出発しています。私は初代院長の清川来吉(初代鎌倉市長)から数えて5代目です。聖マリアンナ医科大学に入学し、2002年に医師免許を取得した後、産婦人科の医局に入局しました。そこで内科疾患を併発した合併症妊娠に興味を覚えました。当然、産科のなかで内科診療を行うには限界がありますが、オーベン(指導医)の先生から「私たちは医師になるために、さまざまな診療科を勉強してきたのだから、まず自ら考えたうえで専門医の先生に相談するようでなくてはいけない。専門外だからという理由で何も考えず、いきなり患者さんを回すのは、内科の先生に失礼です」と言われ、以後、オーベンの先生と一緒に合併症について考え、内科の先生にも教えを請うようになりました。こうした経緯から内科診療の研鑽を積み、当院では内科を中心に診療にあたっています。

湘南鎌倉病院との信頼関係育み 昨年9月に徳洲会グループ入り

当院は代々一族で継承してきたのですが、私は4人きょうだいの末っ子で、医師になれとは言われませんでした。父は婿養子で、東京の三鷹市にある国立天文台に勤務し、天文学の研究をしていました。母と結婚する時も医師になる必要はないと祖父から言われたそうですが、私が生まれた頃、なんと40歳を過ぎて、「やっぱり医師になってくれ」と祖父から頼み込まれ、学士入学で大学医学部に入り、医師になりました。その後、私が中学生になった時に、父から救急患者さんの話をよく聞かされ、父の仕事の大切さを理解するようになりました。また、来院する患者さんから、とても慕われていることを知り、父に対する尊敬の念を覚えました。父は決して偉ぶる態度を取ることもなく、目の前の患者さんに真摯に丁寧に向き合っていました。高校3年生になって進路について考えている時、母が病気になり自宅で療養していたのですが、父は仕事後も毎日ずっと母に寄り添い、医師として病気を治すだけではなく、人としても向き合っていました。そんな姿を見て、医師になる意を固めました。

当院に入職して20年以上になります。父を継いで院長に就任したのは2010年ですが、この間、父の背中を見ながら歩んできました。とくに、ご高齢の患者さんに優しく接する父の姿勢は、とても参考になりました。患者さんの話に熱心に耳を傾け、患者さんの楽しげな様子を見るにつけ、私も心温まる気分になりました。教科書にはない患者さんへの接遇のあり方は、父を手本に私の中に息づいています。

当院は22年9月に医療法人徳洲会の傘下に入りました。きっかけは、以前から湘南鎌倉総合病院に大変お世話になっていたことが挙げられます。当院からの急患をどんな時でも断らず受け入れていただき、状態が落ち着いたら戻してくださる――こうした紹介・逆紹介の積み重ねから、強い信頼関係が芽生えていきました。また、当院としても建物の老朽化が目立ち、新病院建設が大きな課題となっていることから、徳洲会入りを決断しました。新病院は現在地に建てる構想です。そのためには診療制限しながら建て替えするしかありません。時間も資金もかかりますが、歴史あるこの地で新生したいと強く思っています。

徳洲会のスケールメリットや 教育制度生かしレベルアップ

当院は病床数198床(一般89床、療養109床)です。新病院では質の高い慢性期医療、回復期医療を提供したいと考えています。そのためには人材の確保・育成が重要です。徳洲会グループのスケールメリットや教育制度を活用しながら、レベルアップしていきたいと思います。また、湘南鎌倉病院の後方病院としての役割を担い、さらに在宅医療や介護分野にも注力する計画です。恵まれた立地を生かし、健診・人間ドック事業も大きな柱に据えたいです。当地には海外からも観光客が大勢来られますので、メディカルツーリズム(医療観光)への対応も視野に入れる考えです。当院は代々、「誠実、親切」をモットーに掲げてきました。今後もこれに加え徳洲会の理念を実践し、地域医療に貢献してまいります。 

皆で頑張りましょう。

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