徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

渡部 和巨(わたなべかずなお)東京西徳洲会病院 院長

直言 生命 いのち だけは平等だ~

渡部 和巨(わたなべかずなお)

東京西徳洲会病院 院長

2021年(令和3年)1月18日 月曜日 徳洲新聞 NO.1270

井村和清医師の生き様と『あたりまえ』の詩
“生命だけは平等だ”の理念は普遍的なもの
理念に共鳴する人々に場と機会を提供できる組織

2009年、豚インフルエンザ(H1N1)。14年、エボラ出血熱。15年、ジカ熱。米国のオバマ政権は14年、パンデミック(世界的大流行)専門チームを新設。17年、トランプ政権はテール・リスク(滅多に起こらない稀有な事象)を無視、翌年、ボルトン大統領補佐官は同チームを解体。疾病対策予防センター(CDC)の予算8000億円は危うく17%削減されかけました。しかし、なぜか19年1月から8カ月間、保健福祉省(HHS)は中国発生の架空の呼吸器系ウイルスをコードネーム「深紅感染」とし、パンデミック対応のシミュレーションを実施。21年、中国・武漢では世界保健機関(WHO)の立ち入りが1月14日から始まっています。

先進国では病床稼働率を上げる、在庫を減らす、無駄を省く、ジャスト・イン・タイムの仕組みづくり、人員の精緻な適正配置など、リスクから目を反らした短期的な利益と効率性の追求がまかり通っています。このパラダイム(共通認識)が大きくシフトするのか、効率優先が続くのか大きな岐路に立っています。社会が回復力と弾力性の重要性を優先し具現化するには、新自由主義からの脱却と人新世(しんせい)(新たな地質年代)という時代認識が求められると考えます。

増床の波に乗れる風吹く 当院にとって大事な年に

私は20年12月、都の地域医療構想調整会議で初めてマイク付きの席に座り増床計画を話しました。年末年始についての議論では「国が曖昧(あいまい)な態度で今般の事態を引き起こした。そのツケを払うようなことは職員を犠牲にしてまでできない」、「感染と災害は違う」などの発言を聞き、暗澹(あんたん)たる気持ちになり、徳洲会創設者の徳田虎雄先生が感じたであろう怒りと鈴木隆夫・前理事長の「大人が青年の主張をして何が悪いの?」という言葉がよぎりました。徳洲会は自前で横断的に感染対策ができ、いち早く緊急事態に対応できます。もちろん周辺医療機関、国、自治体、医師会との連携が必須なのは言うまでもありませんが、それでも率先垂範できる組織になってきています。これは職員が徳洲会の理念に賛同しているからだと確信しています。

14年、私が院長に就任する前、当院は3人に1人の割合で救急を断っていました。「断る病院で働くのはつらい」と言われた時、「この病院はいける!」と感じたことを今でも鮮明に覚えています。20年11月、コロナで当院は大きな打撃を受けました。いち早く公表し対策本部を設置して組織をつくり()、30人余りが中心的にかかわり、難局を乗りきりました。これは同年2月のJCI(国際的な医療機能評価)認証取得が大きく寄与しています。理念があり、組織形成・運用の〝格子〟ができていたありがたさを再認識しました。

当院の復活は延べ200人近いグループからの応援でスタート。当院の中長期計画のひとつに「腹にこたえる応援」があります。安富祖久明理事長の原点回帰にも通じるものです。増床の波に乗れる風が吹いている現在、運用の可否が問われます。さらなる負荷と感じるか、理念の実行を深化し喜びと感じるか、21年は当院に大事な年となります。

コロナにより同期が誰かも定かでない新入職員と懇談

20年4月の入職式から、この状況下で何もしてあげられていない88人の新入職員は同期が誰かも定かでないなか、愚直に病院と家を往復しています。映画『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』を視聴してもらい、2人ずつ懇談を始め52人が終了しました。徳田先生の「日本の医療を変えよう」との叫びに共鳴した主人公の井村和清先生が、亡くなられた年の元旦に「新年の贈り物」としてつづった『あたりまえ』の詩と彼の生き様、〝生命だけは平等だ〟の理念は普遍的な事実存在です。「理念に共鳴する人々に、つねに場と機会を提供できる組織でありたい」。何かをつかんでスピン・オフもよし、カム・バックも大歓迎──そんな懐の深い魅力ある組織のために、皆で頑張りましょう。

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