徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

乘富 智明(のりとみともあき)福岡徳洲会病院院長

直言 生命 いのち だけは平等だ~

乘富 智明(のりとみともあき)

福岡徳洲会病院院長

2020年(令和2年)8月10日 月曜日 徳洲新聞 NO.1248

“皆で頑張りましょう”の精神で外科応援
コロナ禍のダメージから回復へ職員一丸
大変な苦労のなか持ちこたえた職員に感謝

皆様、初めまして。4月1日付で福岡徳洲会病院の院長を拝命した乘富智明です。今回、海江田令次総長(前院長)のご指名により、病院長職を引き継ぎました。どうぞよろしくお願いします。

私は1989年に大学を卒業し、外科教室に入局しました。当時は今のように整った研修医制度はなく、古い時代の徒弟制度の雰囲気が残っていました。卒後1年目の間は、受け持ち患者さんの手術が行われた日には必ず病棟に泊まり、決して当直医任せにしてはならないという不文律がありました。なかなか休めず大変でしたが、同期の仲間同士で助け合い、病棟が合宿所のようになっていました。今となっては懐かしい思い出です。

その後は大学の人事で関連病院を転々とし、一般外科を修練しましたが、12年後に医局を辞して肝臓外科を学ぶために関東地方の施設に国内留学しました。その後、福岡に来て大学病院に13年間勤務し、肝切除や生体部分肝移植を担当しました。そして2015年秋に当院に入職しました。

当院入職直後は普通の外科医 離島などに出向き新たな経験

当院に入職直後は、普通の外科医であったと思います。しかし、その後、新たに経験した徳洲会グループ病院への応援に関する思い出が、たくさんできました。当院は九州ブロックで最大規模の病院であり、当院から九州ブロックのグループ病院に対して各職種、診療科が応援に出ています。

また当院外科からは、私が部長になる以前も鹿児島県の離島を含め九州地区に外科応援を行っていました。私もほぼすべての外科応援に参加しました。今も外科から沖永良部徳洲会病院、屋久島徳洲会病院、与論徳洲会病院への応援が続いています。

とりわけ沖永良部病院は九州から遠く離れていますが、一般社団法人徳洲会の安富祖(あふそ)久明理事長(当時は副理事長)からお話をいただき、応援に行き出して早3年が経過しました。私が病院長になり応援に出られなくなった現在も、「皆で頑張りましょう」と取り組んでいます。

病院長業務を引き継いだ4月の初めは、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)が、国内でかなり深刻になりつつある状況でした。当院もCOVID-19感染者の受け入れを行っていましたが、病院全体には、それほどの危機感がまだありませんでした。そのようななか4月9日にCOVID-19の院内感染が発生したのです。COVID-19対応ではない一般病棟で、まさかの隙を突かれました。

翌10日午後遅くに、濃厚接触者と判定された患者さんと職員から、次々にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)陽性者が判明しました。県には逐一報告が上がっていましたので、県の広報を通じて地元のマスコミにいち早く情報が流れ、同日夜のニュースで「福岡徳洲会病院で院内クラスター発生」といった報道がされました。

この時点で我々は、まだ院内感染の広がりの範囲を特定できておらず、院内の複数のフロアからの感染者の出現も懸念されたため、保健所の指導に従い院内感染の沈静化に尽力。この間、当院の診療は縮小せざるを得ませんでしたが、救急では外傷、循環器系疾患、脳神経外科疾患、急性腹症など重症者の受け入れを通常どおり継続し、緊急手術も行いました。

COVID-19対応に力 通常診療への人員強化も

院内感染はワンフロアのみに抑えられ、それ以上の感染拡大には至らず4月23日には救急の全面的な受け入れを再開し、その後、外来診療、入院、手術なども通常の診療体制に復しました。このCOVID-19院内感染の時期は、当院の全職員が大変な苦労、心労のなか、必死で持ちこたえてくれました。

診療科も外科系、内科系すべてが協力してCOVID-19対応と、そのために手薄になった通常診療への人員の補充などにあたりました。今は職員への感謝の気持ちしかありません。あの時は本当に病院が一丸となり「皆で頑張りましょう」の気持ちだったと思います。

現在、当院はコロナ禍による経営ダメージからの回復を目指し、職員一丸で努力しているところです。これは、当院のみならず全国の徳洲会グループの皆様も同じことと思います。我々が、生命を安心して預けられる病院であり、国民の健康と生活を守る病院であり続けるよう、皆で頑張りましょう。

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