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直言

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大竹 剛靖(おおたけたかやす)共愛会病院院長補佐(北海道)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

大竹 剛靖(おおたけたかやす)

共愛会病院院長補佐(北海道)

2020年(令和2年)6月8日 月曜日 徳洲新聞 NO.1239

慢性療養として受け入れる重要性痛感
トータルヘルスケアは徳洲会のテーマ
危機を乗りきるには協力体制と覚悟が必要

2019年8月13日付で、医療法人徳洲会共愛会病院の院長補佐に就任しました。

今、世界は新型コロナウイルス感染症により、毎日、多くの命が失われる未曾有の危機に瀕しています。見えない敵に対して、生き残るためには、皆がone team で乗りきるための協力体制の整備と覚悟が必要です。

私は静岡県磐田(いわた)市の出身で、裕福でない家庭の三男坊として生まれました。医師になることを目指したきっかけは、「大きくなったら医者になってほしい」という母親の思いが強かったように思います。気が付いたら自然と医師を目指していました。

地元の浜松医科大学に進学。湘南鎌倉総合病院の小林修三・院長代行から研修医時代に言われた「どんな状況にあっても、その時々の環境で、あなたの全力を尽くしなさい」という言葉が今も強く印象に残っています。

アフリカ支援プロジェクトや新設病院立ち上げなどを経験

2002年1月に湘南鎌倉病院に異動した時には、「自分に果たして何ができるのか」と大きな不安もありました。しかし小林・院長代行から励まされ、一般社団法人徳洲会の鈴木隆夫理事長へのご挨拶の際に、固い握手をいただき、自分の覚悟も決まりました。

徳洲会では貴重な経験をさせていただきました。アフリカでの透析治療支援プロジェクトとしてモザンビーク、ザンビアへの出張指導、成田富里徳洲会病院の立ち上げ支援、そして海外留学も40代後半になってから経験させていただきました。

単身、米国留学中、私の人生で予想だにしなかったことが起きました。メリーランド州での半年間の留学も残りあとわずかとなった雪解けの3月、妻が急逝しました。急ぎ帰国した私の前に、冷たく横たわる妻からはひと言もありません。子どもたちの進学のことなどで、1週間前に電話で話したのが妻との最後の会話でした。病気とは、まったく無縁であった明るく元気な妻の変わり果てた姿を目の当たりにし、途方に暮れました。くも膜下出血でした。

世の中にはいろいろな病気があります。病で弱っていく家族を家族みんなで支え、思いを伝え合い、触れ合う時間を共有できる病気がある一方、それすらできず一瞬で家族の思いを奪ってしまう病気もあります。だからこそ、時間はとても大事です。毎日の時間は当たり前にあるものではありません。

患者さんに寄り添う医療をいかに実現するか考え努力

共愛会病院はケアミックス病院の特性を生かし、分娩(ぶんべん)、急性期一般診療、地域包括医療、リハビリテーション療養、長期慢性療養、看取りまで、包括的な医療を提供できる地域に根差した病院です。湘南鎌倉病院は急性期医療を行い、患者さんを後方病院へ送り出す側でしたが、慢性療養として患者さんを受け入れる側の病院の重要性を痛感しています。

急性期医療は救命や疾患に対する専門的・根本的な治療の観点から重要ですが、それは患者さんの人生のごく一部であり、多くの患者さんにとって、より長い時間を過ごすのは、共愛会病院のような療養を担う病院だと思います。鈴木理事長が掲げるトータルヘルスケアをいかに実現していくかが、徳洲会の大きなテーマと感じています。

当院では多くの心ある医療従事者と出会えました。リーダーのあるべき姿、組織のガバナンス(統治)、風通し良く十分なコミュニケーションが行える環境づくり、コメディカルスタッフの活躍や医師事務作業補助者の活用、職員間の信頼関係の構築など、多くを学びました。徳洲会グループの組織活性化の観点からは、研修医のみでなく専門医や多職種も含め、ダイナミックに一定期間の交流を推進できれば、グループ全体としての価値観の統一化と活性化が、さらに高まるものと考えます。

私のライフワークは障害臓器、とくに腎の再生修復です。そのために再生医療の道にゼロから踏み込み、幹細胞を用いた障害腎の修復課題に取り組んでいます。徳洲会の徳田虎雄・前理事長からいただいた「努力を重ねて自己実現をなすように」の言葉を胸に、高い目標を掲げて今後も実践していくつもりです。さらに、先進医療のみでなく、患者さんに寄り添った医療をいかに実現するかを考え、努力します。新型コロナウイルス感染症という未曾有の危機に、徳洲会に求められる役割は何か、真剣に考え、皆で頑張りましょう。

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