徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

髙力 俊策(こうりきしゅんさく)湘南藤沢徳洲会病院副院長(神奈川県)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

髙力 俊策(こうりきしゅんさく)

湘南藤沢徳洲会病院副院長(神奈川県)

2020年(令和2年)5月25日 月曜日 徳洲新聞 NO.1237

多職種の同僚の助けがあって弱者救える
違う環境での体験や出会いで人生豊かに
初心呼び覚まし学びを与えてくれるTMAT活動

学生時代はバックパックでの旅と、楽しく遊んで暮らすことに熱心で、資金稼ぎのため学校をさぼり、バイトばかりしていました。劣等生だった私が、まさか「直言」を書くとは夢にも思いませんでした。そんな私が20年も徳洲会にかじり付いている理由をご紹介します。

医学生の頃は徳洲会に良い印象をもっていませんでした。当時は卒業すると大学医局に属するのが一般的で、徳洲会病院に就職した先輩は、私の大学にはひとりもいませんでした。「やみくもに救急車を取り、いい加減な仕事をしている」などと、進路相談をしたほぼ全員に反対されたのを覚えています。

一方、国家試験をどうにか切り抜けた私は、誰にも負けない医師に早くなろうとギラギラしていました。卒業さえ危うかった私が一人前になるには、人と同じ研修では不十分と考え、評判はともかく激務と圧倒的な症例数を誇る徳洲会での研修を選択。ICU(集中治療室)の冷たい床で寝てしまう先輩たちと、歯磨きをしながら気を失う生活のなか、研修を続け、大学病院では得られない数多くの経験を経て、生来、怠惰な私は医師として人として急成長できました。

考え得る最善の医療継続にはしばしば痛みともなうことも

徳洲会の“生命だけは平等だ”の理念は至極当然のようでもあり、同時に想像以上につらく、継続するのが困難な局面もあります。押し寄せる業務量、つねに災害医療時のごとく足りない時間と人員のなかで、考え得る最善の医療の継続は、しばしば痛みをともないます。医療者とは本来、弱者を相手とした職業であり、つねに全力を尽くすべきとわかってはいても、励行することがきわめて困難な時もあります。もちろん医師ひとりでは太刀打ちできません。先輩、後輩、多職種の方々がいて初めて実行できます。同僚たちは限界を感じ疲弊する私をしばしば鼓舞、激励してくれました。

困難な状況下でも同僚に、どうしても必要な医療であることや、理念に訴えると「しゃーないな~」と仕事を引き受けてもらったことが何度もあります。

当院は輸血が許されないエホバの証人の信者さんの手術を受け入れています。無輸血手術が難しい病状は確かにあります。しかし100%とは言えずとも、おおむね輸血を必要としない脱腸や虫垂炎を患いながら、手術を断られ路頭に迷う患者さんも多く存在します。そこには「医療者の言うことを聞けない患者は診る必要がない」という横暴な意識があるようにも思えます。

宗教とは、さまざまな事情から選んだ生き方であり、尊重されるべき個性です。私はクリスマスと正月を祝い、部屋に仏壇がある日本人で、宗教の違いにより殺し合いをするのは理解し難いです。しかし祖先、家族の教えを命がけで守る人々の生き方をむげにはできません。徳洲会の理念の下、無輸血手術を許してくれる病院と、協力してくれる同僚たちを誇りに思います。

私が大切にしている院外活動にTMAT(徳洲会医療救援隊)があります。徳洲会職員を中心としたNPO法人で、国内外を問わず災害時に医療支援を行います。私も数多くの国と地域で活動してきました。日常を離れた医療行為は毎回さまざまな学びを与えてくれます。自分に不足する知識や手技に気付かされ、日常の恵まれた環境に感謝するとともに、多職種による支えがあるからこそ仕事ができることを実感します。日常業務で忘れがちな初心や、感謝の言葉だけで頑張れていた研修医時代を思い出し、不平不満を口にする今の姿勢を省みることができます。

離島・へき地への応援診療は徳洲会のもつ素晴らしい魅力

徳洲会は全国に大小さまざまな施設を展開しています。自院とはまったく違う環境を、離島・へき地への応援という形で体験できるのは徳洲会の素晴らしい魅力です。日常診療に疲れ嫌気が差す時は、違った環境に身を置くことを考えてください。日々の“当たり前”に感謝し、医療者を目指した頃の初心を思い出させてくれます。新しい環境での体験や出会いは、確実に、その後の人生を豊かにすることでしょう。徳洲会の厳しい環境に悪態をつくしかない方にこそ、TMATへの参加と離島・へき地応援を強くお勧めします。

新型コロナウイルスを誰もが不安に思う世の中です。他施設で受け入れてもらえない患者さんを、使命感をもち命がけで治療する全国職員に今こそ言います。皆で頑張りましょう。

PAGE TOP

PAGE TOP