徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

中川 麗(なかがわうらら)札幌徳洲会病院副院長

直言 生命いのちだけは平等だ~

中川 麗(なかがわうらら)

札幌徳洲会病院副院長

2020年(令和2年)2月10日 月曜日 徳洲新聞 NO.1222

新たな分野・文化・世界を開拓する
仲間とともに成長し患者さんへ貢献
初期臨床研修は医師としての基盤形成期

〈鏡越しに白髪をにらみつけ、抜こうとしては空振りを繰り返す。そんな日も初恋の思い出は鮮やかだ。褐色かと信じていたが、思っている以上に腕時計の下の皮膚は白かった。はしゃいだ時の声は思いのほか幼く、高かった。恥ずかしながら、その日の天気も歩いた道も覚えていないが、彼の仕草や一緒に食べたハンバーガーのピクルスの酸っぱさは鮮明だ〉

遠い日の思い出ですが、もしかしたら、医療も同じかもしれません。医学生の頃、臨床実習で初めて担当した患者さんは、学生でしかなかった私の説明さえ大切に聞いてくれました。何もできないのに、繰り返し、その患者さんに会いに行き、おこがましくも、一番その患者さんを知っているのは自分でありたいと思っていました。

今となっては自分の視野の狭さに呆れるばかりです。その患者さんと過ごした時間以外はすべて背景でしかなく、見ようともしていませんでした。ただ、その時間は、一生で最も一人の相手を見つめた時となり、そんなふうに夢中になったからこそ気付いたこともありました。

ともに駆け抜けるからこそかけがえのない存在になる

駆け出しの頃は、先輩の背中を必死で追い、よく転びました。遭難せずにすんだのは、職種を越え、支え、見守ってくれた病院スタッフみんなのおかげです。

そんな私も、その後なんとか主治医を名乗れるようになりました。しかし、目の前の患者さんを診療するだけの期間は予想外に短く、チームをマネジメントするよう求められ、「公正とは? 公平とは?」と重心をかけるべきところに悩み、また転びました。科として、患者さんだけではなく、後輩やコメディカルにどんな人生を描いてもらうか夢見るようになっても、軸を見失い、転びました。病院として、地域で果たすべき役割は何かを覚悟する立場になっても、限界となるエッジ(縁(ふち))に乗りきれずに、また転ぶ。しかし、初恋は、つねに立ち上がるよう後押しし続けてくれました。

人はどんなふうに恋を知り、強くなってゆくのでしょうか。医師はどんなふうに患者さんを見つめ、医師として医療へ向き合い続けてゆくのでしょうか。初期臨床研修は、まさにその基盤を形成する時期だと思います。

その大切な瞬間を当院でともに過ごすことを選んでくれた2020年度の研修医は8人(予定)。待ち受けるプライマリセンターのスタッフと先輩の多くはスノーボーダー。転んだ分だけ立ち上がってきた彼らは、かけるべきところに重心をかけ、軸を見失わず、エッジを知っています。時に国境も飛び越えるスタッフや、子どもたちを背負い、誰も走り抜けていない道を駆け抜けるスタッフもいます。良い時だけでなく喧嘩した時も、ともに駆け抜けたからこそ互いがかけがえのない存在となり、新たな分野と文化をともに開拓した運命の相手になってゆくのだと思います。

彼らのルールは自然に敬意を払い、自分の能力に謙虚であること。とどめとなるようなけがは避け、準備に抜かりがありません。そして、恋を知り、良心をもつ。それぞれが描く人生は美しく交わり合いながら支え合い、調和するのです。

今年の課題は恐怖心の克服 仲間と自分を信じて正直に

そんな彼らから、私に今、試されているのは度量だと自覚しています。私は10年前、けがが怖くなり、スノーボードをやめました。その後、転ぶことを恐れ、慎重になりすぎた感は否めません。自分の心配をまわりに強要し、我慢させたこともありました。最大の要因は、私にはもったいない奇跡的なメンバーに恵まれたからだと思います。

自分だけしかいない科で病院に住み込んでいた数年や、研修医がゼロの研修委員会委員長を拝命した時には想像もできなかったことです。しかし、スノーボーダーたちは、私がつくる小さい箱庭を軽やかに飛び越え、私の想像を超えて行きます。

今年の私の課題は恐怖心の克服です。けがを恐れるより、彼らと自分を信じて、心に正直に滑りきってみようと思います。彼らが開拓する分野と文化、新たな世界を見てみたい。でも本当は今夜もグループラインに送ったメッセージに人数分の既読がついて、ホッとするでしょう。病院からの着信もなく「今日もみんな無事だった」と独り言をつぶやきながら。不安と心配はこっそりしまって、今を精いっぱい生きてみたいと思います。

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