徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

鶴田 好彦(つるたよしひこ)(千葉徳洲会病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

鶴田 好彦(つるたよしひこ)

千葉徳洲会病院院長

2019年(令和元年)5月13日 月曜日 徳洲新聞 NO.1184

周りへの感謝を忘れず後悔ないよう
つねに一期一会の気持ちで臨みたい
安全で質の高い医療環境が評価につながる

桜の季節です(皆様に読んでいただくのは葉桜の時候になりますが……)。この季節に思い出すのは、8年前にNPO法人TMAT(徳洲会医療救援隊)の隊員として派遣された東日本大震災の被災地、南三陸への行き帰りに見た桜の木々です。

地震の瞬間、千葉県でもこれまでにない大きな揺れを感じました。その時、旧病院で手術中でしたが、「このまま建物が崩れ、巻き込まれるのか。今まで十分に生きさせてはもらったけど」と、意外に冷静な自分がいました。医療従事者でありながら自分の死生観に無頓着だったことに気付かされた瞬間でした。

江戸時代の書物『葉隠(はがくれ)』には「武士道といふは死ぬことと見付けたり」という一節があります。一日一日を最後としてもよい覚悟で、大切に一生懸命に生きるという趣旨ですが、目標としつつも、なかなか実践できてはいません。

人のため社会のために生きる無上の悦びと幸福が得られる

人生の最後に思うことは何だろうか? それは人それぞれだと思いますが、私は人のために生き、社会への貢献で無上の悦びと幸福を得られたと考えたいです。自分や自分の家族は社会の至るところで助け支えられ、これまで生活してきました。振り返れば世の中に感謝することはたくさんあり、これから、どう恩返ししていけるかと思うことがあります。家族に、職場の同僚に、もちろん病院の患者さんに、病院を支えていただいている地域の方々に対してです。

医療のプロとして導くことが我々の役割であり、貢献の機会となります。徳洲会の理念は日本の枠を越え、世界に対する医療貢献も果たしています。離島・へき地を含む全国各地に立地するグループ病院・施設の方々との交流や支援業務を通じ、医療の原点に立ち返られる機会があるのも徳洲会の大きな強みです。つねに周りへの感謝の気持ちを忘れないように、そして後悔のないように、一期一会の気持ちで臨みたいと思います。

私と徳洲会との出会いは20年前に遡(さかのぼ)ります。1997年に東京大学を卒業後、帝京大学市原病院麻酔科へ森田茂穂(しげほ)教授に誘われ入局。この時、湘南鎌倉総合病院に週1回の麻酔科非常勤で務めていたのですが、大学と異なり、ハイペースで行われる多数の幅広い手術に恐れと興奮を覚えました。

その後、99年に米国に留学し、マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント、ハワイ大学外科レジデントを経て2004年に帰国。湘南鎌倉病院に連絡したところ、一般社団法人徳洲会理事長の鈴木隆夫先生、医療法人沖縄徳洲会副理事長の篠崎伸明(のぶあき)先生、東京西徳洲会病院院長の渡部和巨(かずなお)先生と面談、即日入職が決まりました。湘南外科グループ(SSA)の一員として名瀬、松原、茅ヶ崎、湘南鎌倉、大和、四街道の各徳洲会病院を半年~1年単位でローテーションし、08年12月に千葉徳洲会病院に転勤、現在に至っています。

同じ病院に10年もいるのは初めてで、この間、父親の胆管がん手術、化学療法から看取りまで主治医として携わらせていただきました。この4月に当院の院長に就任したのは、病院への恩義に報いるためだと自覚しています。

できない理由を挙げるは簡単 「どうしたらできるか」が重要

最重要事項は地域の誰もが、いつでも最善の医療を受けられる環境を整えることですが、脳神経外科、整形外科の不在、循環器系医師の不足で緊急治療ができていません。

それらの救急をすべて断ってしまえば病院内の問題は一見なくなりますが、近隣の受け皿も限られている以上、時間をかけて次の行き先を探す間に状態が悪化したり、行き先がなくなったりする患者さんも出てきます。問題を目の前から遠ざけただけで、解決にはなっていません。

できない理由を挙げるのは簡単です。初期対応はできるか、専門以外でもできる範囲か、医療のプロとして適切な専門家に引き継げるか、どうしたらできるかということに焦点を当てる必要があります。

安全で質の高い医療環境の整備が地域での評価につながり、職員の使命感を満たし、やりがいや満足度につながります。3年前からは医療安全の仕事にかかわってきました。院内の安全文化の意識は年々高まっていますが、組織全体としての文化醸成やレジリエンス(適応力)を高めることが継続的な課題です。

皆で頑張りましょう。

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