徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

井齋 偉矢(いさいひでや)(日高徳洲会病院(北海道)院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

井齋 偉矢(いさいひでや)

日高徳洲会病院(北海道)院長

2019年(平成31年)3月25日 月曜日 徳洲新聞 NO.1177

患者さんごとに最適な漢方薬レシピ作成
“究極の個別化医療”も夢でなくなる日
医療の質向上のため研究会活動を行う

私は2012年に設立した「サイエンス漢方処方研究会」の理事長を務めています。漢方薬の科学的な位置付けを明確にするとともに、作用機序を解明し医師の誰もが診療に取り入れることで、医療の質を飛躍的に向上させることを目的としています。

従来、漢方処方は陰陽五行(いんようごぎょう)説や気血水(きけつすい)、表裏(ひょうり)・虚実(きょじつ)など古典的理論を習得し、「証(しょう)」(患者さんの体質)に沿って漢方薬を選ぶという方法でした。そのため漢方薬に対して懐疑的・否定的な意見が少なくなく、今まで二度、保険収載からはずされそうになりました。今後、そのような目に遭わないためには、観念的・情緒的な説明を止めなければなりません。漢方薬がどういうものであるのか、漢方薬を服用した後に身体のなかで何が起こっているのかを科学の言葉だけで説明する必要があります。

漢方薬が効能を現すには多数の超微量成分が必須

「漢方薬以外の薬」が必ずもっていなければならない性質のひとつが“always” で、飲めばいつでも薬としての作用が現れます。たとえば、血圧を下げる効能のある降圧薬は、血圧が正常の人や血圧の低い人に間違って投与された時にも、律儀に血圧を下げて低血圧やショックを起こします。つまり、「漢方薬以外の薬」は患者さんの病態と無関係に、服用すれば、いつでも同じ効果を示します。

一方、漢方薬は驚くべきことに、すべてにおいて、この“always”という性質をもっていません。芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は、こむら返りが5~6分で治まるため有名ですが、この効能は、こむら返りを起こした人にだけ起こり、起こしていない人が飲んでも何も起こりません。つまり、芍薬甘草湯は、こむら返りを来した人にだけ薬としての効果を現しているように見えます。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。それは、「漢方薬以外の薬」と漢方薬の構造の違いにあります。「漢方薬以外の薬」は、一種類のある程度の量の化合物を主成分とします。作用は主成分の性質や結合する受容体などを追跡することで説明できます。漢方薬も化合物に還元することができますが、英オックスフォード大学のデニス・ノーブル教授らの研究から、芍薬甘草湯は約3000種類の化合物の集合体であることがわかりました。そして、この多数の化合物を量の多い順にプロット(図示)すると、最初に数個のある程度の量の化合物が示され、そのあとは超微量の化合物が地をはうようにプロットされます。このグラフの形が、非常に長い尾をもっている動物のように見えるため、“a long-tailed drug(長い尾をもつ薬)”と呼ばれます。漢方薬では、ある程度の量の化合物ではなく、圧倒的多数の超微量の成分が、効能を現すのに必須なのです。

微量の成分が劇的な作用を示すことは、じつは私たちの日常生活にも見られます。食べ物がそのひとつで、超微量の多数の化学物質からなり、料理の味は微量の調味料や香辛料によって劇的に変わります。食べた人のなかで劇的な美味しさが形成されるように、漢方薬も多数の微量成分が多数の作用点を軽く刺激することで、服用した人のなかで変調を来しているシステムを、自力で正常化させる劇的なアクションを起こすのです。

漢方薬は身体のシステムを正常化する応答を引き出す

人間の身体には、さまざまなシステムがありますが、熱産生・体温調節系、免疫・抗炎症系、微小循環系、水分調節系という基本的システムは、超多成分にしか応答しないようにできています。たとえば、熱産生系が単純なシステムでできていたら、熱を産生しすぎることで、体温が容易に43度以上になり、タンパク質が不可逆的変性を起こし生存が不可能になります。このようなリスクを回避するために、超多成分による刺激でなければ熱が産生されないようにできています。

漢方薬をひと言で表現すると、「システムを正常化するための“応答”を引き出す薬剤」です。したがって、漢方薬の作用機序の研究には数理工学、統計学、コンピュータ学が必要であり、薬理学は不要です。あと10~20年で量子コンピュータが実用化されると、患者さんの情報をデジタル化してインプットするだけで、瞬時にその患者さんに最適な超多成分の漢方薬のレシピが出来上がるという究極の個別化医療の実現が夢物語ではなくなると思います。そうなる日を目指し、皆で頑張りましょう。

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