徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

酒井 欣男(さかいよしお)(四街道徳洲会病院院長(千葉県))

直言 生命いのちだけは平等だ~

酒井 欣男(さかいよしお)

四街道徳洲会病院院長(千葉県)

2019年(平成31年)1月21日 月曜日 徳洲新聞 NO.1168

地域の医療機関と顔の見える連携推進
住民の方々から愛される病院を目指す
「安全第一、サービス第二」標語に職員一丸

四街道徳洲会病院は千葉県四街道市の南東の端に位置しています。許可病床数は220床、入職当時の常勤医数は13人。2017年4月に院長就任後、まず着手しなければならなかったことは常勤医の確保でした。とくに非常勤医が診療を行っている透析部門と整形外科、そして麻酔科から取り組み始めました。

同年、透析部門を担う常勤医が入職、救急病院にもかかわらず常勤医が不在だった整形外科も2人の医師が入職されました。翌18年には泌尿器科に透析専門医の資格をもっている医師が入職され、また月曜日から金曜日までの麻酔も確保できました。そして同11月には念願だった新病棟を開棟、稼働病床数が151床から184床になりました。

当院の敷地面積は広く、病院建物も広々とつくられ、地域を代表する中核病院に十分になれると思いますが、現状はマンパワー不足に加え、組織の3要素である組織目的、協働意志(貢献意欲)、意思疎通(情報共有)のそれぞれができていません。まずは①地域に根付き、地元住人の方々に愛される病院、②周囲の開業医の先生方と高次の病院施設の先生方、双方の顔が見える連携――を目指しています。

「外科医である前に医師であり 医師である前に社会人である」

私の生まれは九州の博多ですが、物心が付く前に両親が東京に戻ったために、彼の地の記憶はありません。実家は東京都武蔵野市にありました。父親の仕事は医療関係ではなく、会社勤めでしたが、一時期、会社を辞め税理士事務所で働きながら税理士の資格を取得。同じ会社に復帰し勤めながら社会保険労務士の資格も取得しました。そんな父を見ていて自分も何か資格を取りたいと漠然と思っていました。ある日、父から「親族に医者がいないから、ならないか?」と言われました。その提案に逆らうほどの志もなく、自然と受け入れて医師になりました。

帝京大学医学部卒業後、日本医科大学第二外科学教室に入局。主任教授(当時)の庄司佑(しょうじたすく)先生から「君たちは外科医の前に医師であり、そして医師である前に社会人である」と教わり、また常々「まずジェネラリストとなってから、スペシャリストを目指しなさい」と言われました。その方針どおり入局5年目までは、すべての領域の疾患を受けもつ決まりで、入局後6カ月すると1人当直も開始。さまざまな経験ができた貴重な時間だったと思います。

派遣先は変化に富んでいて、専門病院から個人病院、さらに離島、太平洋上のタンカーまでありました。私は離島やタンカーにも派遣され、計9施設の病院に出向しました。

退局後はOBの先生が院長を務められていた東戸塚記念病院に外科部長として赴任、副院長にまでさせていただきました。そこから同院の関連施設である高島平(たかしまだいら)中央総合病院に診療統括部長として出向。周辺に医局や大学のOBの先生が開業しておられ、月に10件未満の紹介数が100件超にまでなり、手術件数も収益も増加していきました。

そのような時に徳洲会からのオファーがあったのです。周囲の先生方からは慰留されましたが、「いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療を受けられる社会の実現を目指す」。この徳洲会の理念を知り、入職を決意しました。

目標をもち働き新しい自分見つけると働く意欲が湧く

私は「人を大切にしたい」、「人を育てたい」と思っています。人の幸せは①愛されること、②褒められること、③役に立つこと、④必要とされること――であり、③と④は働くことで得られます。しかし働くとストレスが生じます。「働くことは楽しい。だけど苦しくつらい。新しい自分を見つけることが大事」という言葉を聞いたことがあります。労働は楽しい反面、ストレスやつらさもある。苦しい時に、以前できなかったことが、今は自然にできることを発見すると意欲が湧いてくるという意味です。目標をもって働く大切さを肝に銘じたいと思います。

十分な人員がいなければ、負担がかかり、ストレスは大きくなって潰れてしまうし、満足のいくサービスの提供もできません。人が多いからこそ、できることがあります。当院は常勤医が増えてきています。看護師も増えてきています。新病棟も開棟しました。一歩一歩着実に目標に向かっています。「安全第一、サービス第二」を標語に、職員一丸で取り組んでいきます。皆で頑張りましょう。

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