徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

四十坊 克也(しじゅうぼうかつや)(札幌南徳洲会病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

四十坊 克也(しじゅうぼうかつや)

札幌南徳洲会病院院長

2019年(平成31年)1月14日 月曜日 徳洲新聞 NO.1167

一歩ずつ近づく新築移転の夢
日本一のホスピス実現を希求
災害時にも病院機能を維持できるつくりに

2018年9月6日午前3時7分、北海道胆振(いぶり)地方を震源とする地震が発生しました。自宅の2階で寝ていた私は、今までに経験したことのない強い揺れに飛び起き、とっさに1階に降りました。地震の揺れは、しばらくして止みました。

テレビをつけるとかなり大きな地震が北海道で発生したことがわかり、ほどなくして停電が起こりました。後に北海道全域に及ぶ停電と知りました。

私は家族の安全を確認し自転車で病院に向かいました。停電のため街灯も消えていて、真っ暗でしたが、とても綺麗な星空が見えたのが印象的でした。病院の近くまで来ると、液状化現象により発生した泥で、道路が通行止めになっていました。迂回して病院に到着した時には午前4時を過ぎていました。

すでに病院のロビーには多くの職員が集合しており、すぐに病院三役を中心に災害対策を開始。翌7日午後8時過ぎに電気が復旧するまでの41時間は大変でしたが、スタッフと力を合わせて乗りきることができました。

18年を表す漢字は「災」になりましたが、文字どおり昨年は災害が多い年でした。6月の大阪北部地震に始まり、7月の西日本豪雨、9月の台風21号の後、北海道胆振東部地震が起こりました。全国の方々が災害に見舞われた本当に苛酷な年でした。

「院長はつねに夢、希望、ロマンを語る」ことが大切

地震発生の前日、当院の新病院設計のためのプレゼンテーションがありました。

10年6月に当院の院長に就任してから8年以上が経過。院長になって以降、一貫して夢見ていたのが新病院の建設です。

徳洲会の徳田虎雄・前理事長は「夢は語らないと始まらない。院長はつねに夢、希望、ロマンを語るんだ」と言い続けました。

我々のような小さな病院が新築移転するということは、困難をともなうとわかっていましたが、夢の実現に向けて毎年、言い続けていると院長就任の4年後には、新築移転の土地が見つかり購入。18年、当院は医療法人徳洲会に事業を移管し、札幌南青洲病院から札幌南徳洲会病院に病院名を変更したことで、一気に新築移転が現実味を帯び始めました。新築移転のための設計開始が決まり、同年9月に設計会社を競争入札により決定。10月から基本設計の策定に入っています。

ホスピス病棟が開設15周年 利用者は延べ2200人超

北海道胆振東部地震では電気や水道が使えない時に、どのように病院機能を維持するのかを考える機会にもなりました。新築移転する際には、災害時にも病院機能を維持できるようなつくりにしたいと思います。順調にいけば3年後には、新しい病院で働いていることになります。

昨年11月で、当院のホスピス病棟(緩和ケア病棟)は開設15周年を迎えました。先日、ささやかな病棟誕生会を開催し、スタッフと祝いました。

この間にホスピス病棟を利用された患者さんは延べ2200人以上。15年前に前野宏院長(当時、現・総長)が当院にホスピスをつくろうとした時には、まだ徳洲会に緩和ケアが根付いておらず、周囲からも反対されました。しかし、熱意と徳田・前理事長の後押しがあり、03年11月にグループ初の緩和ケア病棟ができました。

それから15年が経過し、グループ内でも救急医療だけでなく、がん医療も大切な柱であることが認識され、また、がん対策基本法などの制定もあり、緩和ケアが広がっていきました。現在、グループ内には当院を含め7つの緩和ケア病棟が稼働しており、また、いくつもの病院で緩和ケアチームが活動しています。

昨年10月に札幌で開催した徳洲会緩和ケアセミナーに集まった全国の徳洲会の仲間からは、緩和ケアに対する熱い思いを感じました。15年前に小さな当院から発信した“ホスピスのこころ”が全国に広がっていると実感し、喜悦を禁じえません。

当院の1階ロビーには、北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督の直筆による「夢は正夢」と書かれた色紙が飾ってあります。ファイターズの夢は、いつも日本一。私も新病院建設を夢に掲げ、ここまできました。

夢が一歩ずつ近づいています。今後も「緩和ケアなら札幌南徳洲会病院」と言われ続けられるように尽力していきます。また日本一のホスピスを実現すべく新病院建設に向け職員とともに、邁進(まいしん)してまいります。

皆で頑張りましょう。

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