直言
Chokugen
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直言 ~
川本 龍成(かわもとたつなり)
大和徳洲会病院院長(神奈川県)
2018年(平成30年)5月21日 月曜日 徳洲新聞 NO.1134
「なぜ医師になったのか」とよく尋ねられますが、係累に医療従事者はいません。先輩のなかには、米国のテレビドラマ『ベン・ケーシー』に魅せられて、医療の道に歩まれた方もいますが、そのようなエピソードもありません。
ただ、ぼんやりとですが、私は人と接する仕事をしたいと思っていました。もちろん医師だけに憧れたわけではなく、かつては星座や物理学の壮大さに魅了され、天文学者になる日を夢見たこともありました。たしかに興味深い学問ではあったものの、漠然と医師になれば、さまざまな人々に出会い、多くの経験を積めると思い医学部に進みました。
大学を卒業した2004年は2年間のスーパーローテート研修が義務付けられた年でもあります。急性期医療を中心にハードなトレーニングができる魅力を感じ、初期研修に湘南鎌倉総合病院(神奈川県)を選びました。余談ですが、祖父のお墓が鎌倉にあり、小さい頃から鎌倉の土地になじみがあったことも何かの縁かもしれません。
初期研修が終わり、手術に対する憧れから、迷うことなく外科を選びました。手術だけでなく、諸先輩方からは“患者さんを断らない”医師になるための志を多く学ぶこともできました。
その後も全国にあるグループ内の病院をローテーションし、10年から大和徳洲会病院に勤務することとなりました。さまざまな施設での経験をもとに、どのような環境でも「プロである医師は走り続けてなんぼの世界」であると肝に銘じています。
昨年から早稲田大学大学院で経営学を学んでいます。もちろん経営学を学んだからといって、魔法のような経営手法が身に付くわけではありません。しかし、病院も数ある企業のひとつと考えさせられる良い機会になりました。また医療界以外の方々に接することが少ないなか、多様な分野で世界を相手に活躍する同世代の学友から刺激を受けることも多くあります。
今年4月1日に新病院が開院しました。時代とともに病院の役割が変化してきており、超高齢社会に突入した今、病院は単に病気を治すのではなく、退院後の患者さんの生活や家族との人生も考えなければなりません。
そのためには「いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療受けられる社会」を目指す徳洲会の理念を実践していく必要があります。しかし、「地域に密着した医療」は、言うは易く実践には困難がともないます。
これからの時代、革新的な技術の進歩や急速に進む少子高齢化など、大きなパラダイムシフトを迎えます。社会環境の大きな変化のなかでは、不確実性が高まり、将来への見とおしが不透明になってきます。
このような環境下では、将来への不安から、人々は内向きの思考になり、社会全体が閉鎖的なムードになりがちです。人々の思考や目標は目先の利益を追い求め、どうしても近視眼的になり、そうなると長期的な明るい未来が、なかなか見えにくくなってしまいます。もちろん、これは合理的な行動であり、誰かが悪いわけではありません。
しかし、人の本能として、誰かのために尽くしたい、誰かと接していたという思いは変わりません。それゆえに私たちはこのような時だからこそ、お互いを思いやり、社会課題のひとつである医療の分野から貢献していかなければなりません。
組織の成長にしても同様です。各部分の最適化だけではなく、全体を見なければなりません。病院組織は各部門の専門性が高く細分化されています。そのため閉鎖的になりやすく、時に不協和の原因になることもあります。組織が成長していくには、これらを融合させて、一気通貫するための強い理念が必要になります。
新築移転したばかりの当院は新しいことの連続。さまざまな背景をもった人々が集まり、時には混乱や摩擦が生じます。しかし、一時の試練ととらえ、皆で乗り越えることで信頼関係を築くことができます。これは私たちにとって成長のチャンスであると考えています。支えとなるのは、患者さんのための医療を実践したいという一人ひとりの強い思いです。
大和徳洲会病院は、まだ成長過程にあります。一丸となって、皆で頑張りましょう。