徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP 45th

直言

Chokugen

倉掛 真理子(くらかけまりこ)(鹿児島徳洲会病院副院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

倉掛 真理子(くらかけまりこ)

鹿児島徳洲会病院副院長

2018年(平成30年)5月7日 月曜日 徳洲新聞 NO.1132

患者さんと小さな温かい灯を見出し
看護の喜びや素晴らしさに感じ入る
看護師は多くの人々の人生の岐路に立ち合う

私は大学受験に失敗し、看護学校に進学したことが看護師になるきっかけでした。在学中は授業をさぼったり遅刻したりする不真面目な学生でしたが、卒業し看護師として患者さんと接して責任というものを痛感、心を入れ替え勉強し直しました。

結婚して現場を離れていましたが、1995年に人生の危機的状況(離婚)に陥り自活の道を模索、福岡県看護協会のナースバンク(現・ナースセンター)を訪ねました。「保育園があり、給与が高いところを希望」と伝えたところ、福岡徳洲会病院を紹介していただきました。

こんな私でも、看護師になって本当に良かったと感じた経験があります。ある病棟から「患者さんのご家族から臓器提供の希望がある」と移植コーディネーターの仕事を兼務していた私に連絡が入りました。

がんで亡くなられた50歳代男性の患者さんの奥様からの申し出でした。「臓器提供のご希望があるとお聞きしました。詳しいお話を聞かせください」。奥様は「主人は『子どもはまだ小さいのに財産も何も残してやれない。でも、臓器を提供して人の役に立つという志をこの子に残してやりたい』と生前言っておりました。夫の希望をかなえてやりたいと思います」と言われたのでした。ご夫婦には小学校低学年の女のお子さんがおられました。

この話を聞き、私はとても感銘を受けました。人の役に立つという志を小さな子どもに残すという重要な出来事の一端を担えたことに、人間として、看護師として、とても誇らしい気持ちになりました。

角膜だけの提供になりましたが、最後に体を清拭(せいしき)させていただいた時、女の子に「お父さんの手を拭いてあげる?」と聞くと、うなずいてくれました。お父さんの志が女の子に確かに継がれたと思う瞬間でした。

看護師は多くの人の人生の岐路に立ち合います。小さな温かい灯を患者さんや家族と一緒に見出すことができた時、看護の喜びや素晴らしさを感じられるのではないかと思います。

限られた医療資源のなか将来を担う人材育成が鍵

1月に鹿児島徳洲会病院の副院長兼看護部長に就任。同月7日、市内の照国(てるくに)神社に初詣に行くと、七五三のような正装姿の親子を数多く見かけました。聞けば鹿児島では、7歳になった子どもが神社にお参りに行き、お椀を持って親戚などの家を7軒回って七草粥をいただく〝七草祝い〟という風習があるそうです。所変われば、文化も変わります。病院も、それぞれの施設が培ってきた伝統により、少しずつ違いがあります。当院の良い文化を継承し、そしてさらにより良いものに変化できるよう努めていきたいと思います。当院と福岡徳洲会病院とでは収益に約5倍の差があります。限られた医療資源のなか、当院の将来を担う人材を育成できるか、最大限のパフォーマンスを患者さんに提供できるか、今、看護管理者として問われています。

「夢なき者に成功なし」経営安定と看護部強化へ

私は山口県下関市出身で、好きな偉人のひとりが同じ長州出身の吉田松陰です。松蔭の有名な格言に「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」があります。夢や理想をもつことは志をもつということです。そのうえで計画し実行する。現代の「PDCA(計画、実行、評価、改善)サイクル」の原型のような考え方だと思います。志をもつことが、リーダーとなる第一歩とも言えるでしょう。地域の皆さんから信頼される、職員が誇りをもてる新病院をつくることが私の志です。

昨年、現病院より8㎞ほど離れた鹿児島市の谷山(たにやま)地域に新病院のための土地を購入しました。急性期病床数は、鹿児島中央地域に比べて少なく、高度急性期病床はゼロ。このような地域のニーズをふまえ救急・災害拠点になり、リハビリテーションも充実し、シンプルな構造でフレキシブルに活用可能な設計を基本にしています。病院の新築移転に看護部長として2度もかかわれる人はめったにいません。このありがたい巡り合わせに感謝し、職員とともに努力したいと思っています。今、当院にとって喫緊の課題は、経営の安定と看護部の強化です。池田佳広(よしひろ)院長の卓越した経営管理のもと、一つひとつ計画を立て実行していきたいと思います。

皆で頑張りましょう。

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