徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

木野 博文(きのひろふみ)(松原中央病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

木野 博文(きのひろふみ)

松原中央病院院長

2017年(平成29年)10月9日 月曜日 徳洲新聞 NO.1103

9月に徳洲会グループの一員に
大阪府下の徳洲会病院と連携へ
地域のかかりつけ医として責任は重大

松原中央病院(大阪府)は、近鉄南大阪線・河内(かわち)松原駅から約600mの地にある60床の病院で、松原市役所に隣接しています。当院の設立は1968年。開設者の伊藤幸二先生は大阪大学医学部を卒業し、第二外科に入局。徳洲会の徳田虎雄・前理事長は大阪大学の後輩です。

私は大阪市平野区の出身で、隣町は八尾市。高校3年生の時、自宅近くに八尾徳洲会病院(現・八尾徳洲会総合病院)ができて、救急患者さんをいつでも診てくれるため、夜間に高熱が出た時に受診したことがありましたが、大変混雑していました。この時の診察券の裏には永久使用と書いてあり、なぜか捨てられずに今も持っています。9月に徳洲会グループ入りしたのも、何かのご縁があったのでしょう。

入院経験から時間さえあれば 1日何回も患者さんに声かけ

私の父親は和歌山県の雑賀崎(さいかざき)という漁村に生まれ、村には医師がいなかったため、父はまわりから医学の道を勧められましたが、戦後の混乱で進学ができず、代わって私に医学部に行くように何度も説得してきました。近畿大学医学部に合格し入学。大学3年生の夏、胆石症と診断されました。当時の病理の授業では、胆石をもっていると胆嚢(たんのう)がんになりやすいということで、手術を受けることになりました。

3年生が終わった春休みに近大附属病院に入院。総室だったため、いろいろな患者さんと接しました。退院時、部屋の患者さんたちから「木野君は優しい医者になるわ」と送り出してもらいました。医学生時代に自分自身も患者として、さまざまな人たちと接することができ、本当に良い経験でした。

入院を経験してからは早く医師になりたくて講義も前列で受け、教科書を読むのが趣味になり、新しい知識を得ることに喜びを感じるようになりました。入院中、多くの先生方から病室に来て声をかけてもらい、嬉しい思いをしたことから、私は時間があれば1日に何回も入院患者さんのところに行き、声かけするようにしています。

将来は外科に進みたいと思いましたが、実習時の手術時間の長さに「しんどいなぁ」と思い、内科を選択。私の父は生来、心臓が悪く、私が大学4年の頃には失神したりするようになり、検査の結果、国立循環器病研究センターで手術しました。私は、父に将来何かあれば診たいと思い、循環器科を選択しました。

伊藤先生夫妻は時間外来院の患者さん断らず慕われる存在

96年、私は大学から松原中央病院に派遣され、今に至っています。伊藤先生は外科医、整形外科医として診療していましたが、現在は療養中です。夫人の明子副院長は耳鼻科医として現在も精力的に診療し、近隣の患者さんから慕われています。伊藤先生夫妻は、時間外の患者さんを断ることがありませんでした。仕事が趣味のようなご夫妻で、私はのんびりできると思っていたのですが、ご夫妻が夜遅くまで働くのを見て、もう一度研修医になったつもりで頑張らねばならないと思いました。大学時代以上に忙しく診療を行い、急患や入院依頼も断らないようにしていましたが、スタッフの減少とともに時間外は受け入れ困難となってしまいました。

現在は私と明子副院長、非常勤医1人、10月からは新たに消化器内科医が加わりました。今後、常勤医や当直医が増えれば時間外の急患の受け入れも可能になると思います。当院の現状からすれば、一番に補充したいのは整形外科医です。外科医、循環器内科医も補充したいのですが、時間がかかりそうです。

当院はCT(コンピュータ断層撮影装置)、MRI(磁気共鳴画像診断装置)、エコー(超音波検査)、内視鏡検査が随時行えるため、診断まではすぐにできますが、現在は手術ができないため、必要な時は松原徳洲会病院に搬送し手術してもらっています。当院をかつてのように、胃や大腸がんの手術ができる病院に戻すのが私の夢です。徳洲会の「生命だけは平等だ」の理念も、まさに当院が開院時より求めていたもので、「年中無休・24時間オープン」は課題となっています。

現在の当院は、かかりつけ医の拡大版と言えるでしょう。松原市中の病院は少なく、当院が患者さんに慕われている病院であることを考えると、責任は決して軽くはありません。大阪府下の徳洲会グループの病院と手を携え、一つひとつを着々と処理していきたいと考えています。

皆で頑張りましょう。

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