徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

塩野 正喜(しおのまさき)(社会福祉法人湘南愛心会理事長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

塩野 正喜(しおのまさき)

社会福祉法人湘南愛心会理事長

2017年(平成29年)7月17日 月曜日 徳洲新聞 NO.1091

患者さんも職員も諦めてほしくない
皆でサポートするのが徳洲会の文化
老健で「夢のゼロ作戦」を実施したことも

国立横須賀病院(現・横須賀市立うわまち病院)に勤務して9年たった頃、茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)の総務から徳洲会入りのお誘いがありました。徳田虎雄・徳洲会理事長(当時)の医療改革に関する講演を聞いていたこともあり、1987年1月に入職を決意し、千葉徳洲会病院に入りました。88年11月に開院した湘南鎌倉病院(現・湘南鎌倉総合病院)の副院長として赴任。また老健かまくらの開設時には、施設長として異動しました。

医療は常に時代の流れに追い付いていかなければならず、そのために余裕の部分を用意しておくべきだと考えています。仕事も同様で遊びの部分がないと長く続けることはできません。徳洲会には“生命だけは平等だ”という理念があるからこそ、遊びの部分が生きてくるのです。

老健かまくらでは「夢のゼロ作戦」を実施しました。これは、オムツや車いす、転倒、床ずれ、拘束をゼロにすることが目的でした。利用者さんが夢中になることができる環境を整え、楽しくアクティビティを上げるために、社交ダンスを取り入れました。ダンスのボランティアのなかに、地域の社交ダンス協会の会長がおられたこともあり、ボランティアには14人もの方々が参加。3階の食堂がダンス会場になり、車いすに乗った方や杖を頼りの方も職員の補助を受けながら会場に集まりました。

定刻になると、フロアはたちまちペアによる踊りの渦と化していきます。ダンスの魅力は、男女が公然と、何をはばかることもなく手を握り合えることです。そのウキウキ感がとても大切で、生命高揚の源泉となるのです。入所時、96歳のドイツ系の女性は、車いすの生活でしたが、ダンスに参加し歩けるようになりました。老健開設後すぐに始めたダンスパーティーは、わずか1年半強の間に「車いす卒業者」を50人以上も誕生させました。ダンスに参加した後、杖を忘れて帰った入所者さんもいたほどです。高齢の方にとってダンスは、まさに介護予防の杖でもあったのです。

老健での勤務が3年になった時、「2006年に新病院ができる。その時に院長を引き受けろ」と徳田理事長(当時)に言われ、湘南鎌倉総合病院の院長に就任しました。私が「離島に行ったことがない」と言うと、10日間にわたり軽飛行機「徳洲号」を手配していただき、鹿児島や沖縄の病院を見学しました。

ダメ上司では医師が育たない そんな職員は辞めてもらった

当時の湘南鎌倉病院は、汚くて臭いというのが定評で、増床計画に便乗して、各病棟に1つだけの洋式トイレを改造し温水洗浄便座を入れると同時に、全部を洋式トイレに変更。職員たちを動員して床や天井、廊下をきれいにしたのもこの時です。

人材育成も大きな問題で、いくつかの診病科、コメディカルなどの上司が、研修医を守り育てることをしないので、院内体制を厳しくしました。チーム医療を標榜(ひょうぼう)しているにもかかわらず、ダメな上司の下では医師は育たないため、ダメ上司には辞めてもらいました。結果として心臓血管外科や循環器科の医師が増えていき、当初80人だった医師が倍以上になりました。

その一方で、院内感染や医療安全、太田凡先生(現・京都府立医科大学大学院医学研究科救急・災害医療システム学救急医療学教室教授)の参加による救急受け入れの拡大、総合内科の設立などに取り組み、忙しい病院に変化していきました。

老健かまくらはダンスを含め100のプログラムがそろう

老健かまくらの社交ダンスは、今も続いています。6月に当法人の理事長に就き、鈴木隆夫・徳洲会理事長から「老健も見てほしい」と言われましたが、まだそこまでできていません。ただ、老健かまくらには100ものプログラムがあり、ボランティアの方々や職員が発案したものがほとんどです。なかには公文式の教室もあり、理学療法士が教師を務めています。「あそこの老健はいいよ」と言われるのは、喫茶の日を設けるだけでなく、施設内にいろいろな楽しみがあるからです。

車いすからの解放もそうですが、私は腰や膝が痛くても、水中ウォーキングで歩きなさいと言ってきました。決して諦めてはならないのです。そうした人たちを支える職員も、やりたいと思うことをやってほしいと思っています。それを皆でサポートするのが徳洲会の文化ですから。皆で頑張りましょう。

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