徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

篠崎 伸明(しのざきのぶあき)(医療法人沖縄徳洲会副理事長 湘南鎌倉総合病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

篠崎 伸明(しのざきのぶあき)

医療法人沖縄徳洲会副理事長 湘南鎌倉総合病院院長

2017年(平成29年)7月10日 月曜日 徳洲新聞 NO.1090

最善の医療は最新の技術や知識のみならず
すべての意味で心からのサービスが大切に
常に新しい事へ挑戦し続ける姿勢も忘れず

1988年11月1日、茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)の研修医1期生である産婦人科の井上裕美先生(現・湘南鎌倉総合病院副院長)と外科の私、2期生の内科の相澤信行先生(現・静岡徳洲会病院総長)、小児科の下田康介先生(現・西鎌倉こどもクリニック院長)の4人は、開院した湘南鎌倉病院に異動しました。

また、同院には内科の原芳邦先生(現・原クリニック院長)、整形外科の塩野正喜先生(現・社会福祉法人湘南愛心会理事長)、循環器科の齋藤滋先生(現・湘南鎌倉病院総長)、新井英和先生(現・鹿屋ハートセンター院長)が参集されました。鈴木隆夫院長(現・徳洲会理事長)を含め9人でのスタートでした。

茅ヶ崎病院にしてみれば医局を半分にしたのですから、身を切る思いだったでしょう。しかし、新しい病院を開院するのだからと、当時の私たちは当たり前のように考えていました。出るのも残るのも大変でしたが、自分がやらないと代わりにやってくれる人がいない環境で、コミュニケーションを大切に皆、楽しく仕事をしていました。

患者さんは病院外にいると身をもって知った心臓手術

開院当初は外来患者さんも少なく、救急車もほとんど来ませんでした。西鎌倉、片瀬山の住民の方々は、病気になるとモノレールに乗って病院の前を通過し大船駅で乗り換え、主治医のいる東京の病院に行くのが普通のことでした。茅ヶ崎病院は“断らない病院”として評価されていたため、私たちは同じように湘南鎌倉病院も混雑するだろうと思っていましたが、拍子抜けするとともに、若いながらに焦りを感じました。何か大切なものを茅ヶ崎病院に忘れてきたのではないかと考えたりもしました。しかし、関西ろうさい病院から来られた齋藤先生は違っていました。毎日のように近隣の開業医を訪問し、遠くは逗子の医師会の集まりに参加するなど、いわゆるマーケティング活動をコツコツ始めていたのです。

当時、私たちにはそのような習慣がなく「熱心だなあ」くらいにしか感じていませんでした。ある日、病院近くの会社の社長さんが急性心筋梗塞で搬送され、齋藤先生の経皮的冠動脈形成術(PTCA)により、一命を取りとめたことがありました。その後、その会社の社員の方々が続々と湘南鎌倉病院にかかるようになりました。また社長さんが患者さんを次々と紹介してくださり、同時に手術を受ける患者さんも増えていきました。開業医からの紹介も増えていったように思います。私たちは患者さんが病院の外にいることを、身をもって知ったのです。

それから22年後、368床で始まった湘南鎌倉病院は、2010年9月1日に鎌倉市山崎から岡本に新築移転し、現在648床にまで増床しています。

地域医療への貢献が第一 海外からも広く受け入れ

今日に至るまでの7年で、年間1万3000台を超える救急車、5万5000人に及ぶウォークインの救急患者さんの受け入れ、年間2000人を超える新規がん患者さんの受け入れに対応するまでになりました。

さらなる地域の医療ニーズに応えるため、救命救急センター・外傷センターの新築、先進医療・包括的がんセンターの開設を3年以内に目指すプロジェクトが始まりました。当院はまず、地域医療を第一に、広く海外からの治療希望者も受け入れられるように、あらゆる言語、文化、宗教に対応できる体制づくりを進めています。旧病院跡地では医療大学の建設プロジェクトもスタートします。

最善の医療を提供するということは、最新の医療技術・知識や最新鋭の医療機器のみによるものではありません。最善の医療の提供は「すべての意味で、患者さんに心からのサービスを提供しよう」と、こだわり続ける気持ちのなかに存在する価値観があればこそです。これを当院の共通の価値観として、もち続けたいと思います。一方、患者さんのために、常に新しい事へ挑戦し続ける姿勢も大切にしていかなくてはなりません。

そのため人材育成に力を入れ、若い職員に多くの機会を提供し、よりモラルの高い病院にしていく考えです。今後は教育病院として共に成長してきた湘南藤沢徳洲会病院と協力し、離島・へき地医療へのサポートはもちろん、グループ病院と手を携え、それぞれ地域医療に貢献していくという使命を再認識していきます。皆で頑張りましょう。

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