徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

間瀬 隆弘(ませたかひろ)(大垣徳洲会病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

間瀬 隆弘(ませたかひろ)

大垣徳洲会病院院長

2017年(平成29年)7月3日 月曜日 徳洲新聞 NO.1089

厳しい研修で医師としての心構え学ぶ
後輩に道をつなぐのは先達として当然
コミュニケーション能力は医師に不可欠

私は東京生まれでしたが、4歳で名古屋に移りました。エンジニアになりたかったのですが、高校時代の友人たちに医師の息子が多く、医師の道を選びました。当時、弟が血液の病気になったことも影響しています。

岐阜大学医学部を選んだのは、名古屋から離れたかったからです。大学時代はサッカー部に所属し、先輩は外科系ばかり。どの診療科に進むかを考える暇もなく、医師国家試験を受け、この時に先輩が「外科なら今からでも間に合うぞ」と言ったので、その言葉に従いました。

名古屋大学医学部附属病院で専門分野として乳腺・内分泌外科を選択し、診療と研究をしました。名大を選んだのは、関連病院である名鉄病院の副院長に新しい手術室に案内され「一緒にやろう」と誘われたからでした。乳腺を選択したのは、皆がやっていない診療科だったからです。研修は〝厳しい〟のひと言でした。医師としての心構え、スタッフへの接し方、診療後の病名の付け方などを教わりました。当時の診察室は個室ではなく、オープンな診察室でした。

離島・へき地病院を視察 徳洲会の原点を理解する

その後、愛知厚生連渥美病院、一宮市立市民病院で診療しました。2010年に徳洲会からお誘いがあり、お受けするつもりだったのですが、医局からは関連病院以外の病院への移籍は過去に例がないことを理由に認められなかったのです。

結局、13年4月に当院に赴任、16年1月に当院院長に就任しました。乳腺疾患、甲状腺・副腎などの内分泌疾患の外科的治療を中心に診療しています。

徳洲会に入職した理由は、お誘いがあったことに加え、市民病院での自分の将来に夢がもてなかったからです。

当院に赴任する少し前に、徳田虎雄・前徳洲会理事長にお目にかかりました。その席で「5年くらいは、つらい思いをするかもしれないが、ぜひ頑張っていただきたい」と激励されるとともに、鹿児島の離島病院を見学することを勧められました。初めての離島見学で、奄美大島の名瀬徳洲会病院をはじめ徳之島徳洲会病院、喜界徳洲会病院などの状況を垣間見て、離島医療が徳洲会の原点であることを知りました。

現在、がん治療に関しては、鹿児島徳洲会病院の本田一郎院長から「徳洲会で、がんをもっとしっかりやろう」と声をかけられています。以前は、週に3日は当院、2日は福岡徳洲会病院で、医師やコメディカルに乳腺を教えていました。しかし、諸事情から現在、福岡病院では月に1回、土曜日に診療を行っています。彼らにもっと手術をさせてやりたいと思う気持ちと裏腹になっていますが、後輩に道をつなぐことは先達として当然のことだと思います。

当院のスタッフだけで、離島・へき地への支援体制を組めないのは心痛いことです。現在、名瀬病院には月に1人を出しています。当院は内科医のマンパワーが足りず循環器科医は1人のみ。神戸徳洲会病院には外科医をやっとの思いで1日出していますが、つらい日々は続きます。

口コミで外来患者さん増加 いつでも安心できる体制へ

若手教育は大切ですが、当院には研修医がいません。それでも、徳洲会のオンコロジー(腫瘍学)プロジェクトのなかで、乳腺のリーダーを育てようとしています。本当は福岡病院で乳腺外科医を育てたかったので、心残りです。しかし諦めず「当院の症例が増えたら、ぜひいらっしゃい」と声をかけています。

乳がんの患者さんは若い方が多く、いかに上手に話せるかで医師としての度量を問われます。コミュニケーション能力は、医師にとって不可欠なものです。検査結果が思わしくない時に、気分良く帰っていただけるかは難しいことですが、私たちの責務です。

早期診断・早期治療は一番良い方法です。いかにして病院に来ていただくかが問題ですが、私はマーケティング以上に患者さんの口コミが大きいと思っています。

口コミで外来患者さんが増え、入院患者さんが増加します。私が以前、勤務していた渥美や一宮など遠方の病院から、患者さんに来ていただいています。ありがたいことです。「〇〇先生がいるから大垣病院へ」と言われるよりも、「大垣病院なら、どんな時でも安心できる」と言われるような診療体制づくりに、これからも励んでいきます。

皆で頑張りましょう。

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