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直言

Chokugen

佐野 憲(さのけん)(仙台徳洲会病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

佐野 憲(さのけん)

仙台徳洲会病院院長

2017年(平成29年)4月10日 月曜日 徳洲新聞 NO.1077

医師と職員の協力で救急搬送3倍
新病院を好機にさらに再建を推進
ISO やJCEP そしてJCI 認証取得も視野

一般社団法人徳洲会の鈴木隆夫理事長は言います。「佐野な、病院が安定して落ち着いてきたら、石を投げ込む。そうすると水面が波立って安定は崩れるけど、水面が少し上がる。これを繰り返すんだ」。

というわけで、当時、私が院長をしていた松原徳洲会病院(大阪府)に石が投げ込まれたのです。忘れもしない2015年3月に突然、篠崎伸明(しのざきのぶあき)・専務理事がやって来ました。嫌な予感がしました。

松原病院勤務も17年、院長になって10年。かわいい研修医も増え、医局の先生方も本当によく協力してくれるようになり、やっと安定して、のんびりできるかなと思っていた矢先のことです。何となく「転勤」の二文字が脳裏をよぎりました。「何しに来たんですか」。専務はニヤニヤしています。「そろそろ転勤どうだ」、「どこですか」、「仙台の院長な」、「いつからですか」、「4月からどう?」。

あと2週間。いきなり言われても即答できません。「ちなみに僕が断ったらどうなるんですか」、「いいよ。俺が行くから」。

しかし私は、大学卒業後ずっと徳洲会。ここのアキレス腱を知っていますから、こうしたケースではどう答えたらいいか知っているわけです。

「私にも家族がいます。子どもも5人もいます。考えさせてください」。

そして女房に相談。「ちょっと遠いわね。4月は厳しいわ。9月に全員で引っ越しね」、「えっ、行くの?」、「だって、転勤でしょ」。

そうした経緯があり、仙台転勤が決まりました。

315床もある病院に感動 再建も「これはいける!」

仙台病院は築30年ほどの古い病院で、建物はボロボロです。医局の先生方も多くが退職してしまい、つらい時期でした。最優先は赤字の解消。しかし、入職して間もなく「これはいけるんじゃないか」と思うようになりました。残ってくれた医局の先生方が協力的で、救急車や緊急手術の受け入れ、研修医の教育などに積極的でした。次に、事務職を含めたコメディカルが非常に優秀。言われたことはきちんとこなし、一番驚いたのは救急搬送の受け入れ件数が3倍になったのに、それを喜んでいる職員が多くいたことです。

そして、非常に大事な部分ですが、当院は私が院長に就任する以前、医療講演などの営業活動をまったくしてきませんでした。つまり、まだまだ余力があるということです。診療所や医師会の先生方との交流、消防署回り、広報誌作成など、ほとんど何もしていない状態でしたが、これらをすべてやりました。もともと職員は真面目で優秀ですから、すぐにできました。こうした活動はすぐには効果が出ませんが、必ず効いてきます。反対に手を抜くと、すぐには悪くなりませんが、確実に売り上げは落ちます。恐ろしいものです。

そして、決定的なことはベッド数。松原病院は189床しかなく、本当につらかったのに、仙台病院は315床もある。これが、いかに有利かを身に染みて感じました。

次に、問題点です。医療安全や個人情報の仕組み、委員会、会議が機能していませんでした。これらを充実させるために、ISO(国際標準化機構)規格の導入に向け準備を行っています。その後、プライバシーマーク制度、JCEP(ジェイセップ)(卒後臨床研修評価機構)認証などの導入につなげ、新病院でのJCI(国際的な医療機能評価)認証の取得がベストだと考えます。

東北の寒さは医師集めに不利 研修医をいかに集めるかが鍵

じつは私にとって最もつらいことは、寒さと雪です。職員は「仙台は暖かく、雪はほとんど降らない」と言いますが、私にとっては極寒の大地。新庄徳洲会病院や庄内余目病院(ともに山形県)、山形徳洲会病院の職員がこれを見たら「ふざけるな」と言うと思いますが、やはり、東北の寒さはしんどいです。

東北の寒さは厳しく、医師集めには非常に不利です。徳洲会の東北ブロック会議では、どの病院もマンパワー不足で深刻な雰囲気。ですから、やはり地元の東北人をいかに集めるかが重要です。そして研修医。研修医を集めない病院に、明日はありません。これは徳洲会に限らず、東北の医療機関全体の問題でもあります。仙台病院が新築移転し新病院になったら、問題を解決できる糸口になると思って止みません。

皆で頑張りましょう。

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