
直言
Chokugen

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直言 ~
辻 貴裕(つじたかひろ)
大隅鹿屋病院(鹿児島県) 院長
2026年(令和8年)09月14日 月曜日 徳洲新聞 NO.1560
私は鹿児島県の大隅半島にある鹿屋市の出身です。地元の鹿屋高校を卒業し、鹿児島大学医学部へ進学しました。卒業後は東京の日赤医療センターで内科研修を受け、その後、東邦大学大橋病院の循環器内科に入局しました。医師としての仕事を続ける中で、次第に強くなっていったのが、「自分が生まれ育った大隅半島の人たちにも、都会と同じような医療を受けてほしい」という思いでした。都会で最先端の高度な医療に携わるほど、その思いはどんどん強くなっていきました。「田舎だから、鹿屋だから助からなかった」は自分にとっては我慢できない言葉でした。ある程度仕事ができるようになり、卒後約14年目に地元に帰って、循環器の急性期医療に欠かせない心臓血管外科が唯一ある当院に、就職させていただきました。
目標は2つでした。①地方のハンディキャップを克服し、循環器の最先端の急性期医療を提供することと、②技術だけでなく心のケアを大事にした優しい医療を行うことです。
1つ目についてですが、鹿屋市は人口10万人近い街でありながら、鉄道が通っていない、「陸の孤島」とも言える地域です。以前は大動脈解離や心原性ショックなどの患者さんは、鹿児島市内や他県まで何時間もかけて搬送しなければなりませんでした。東京での経験から、とくに急性心筋梗塞(AMI)が原因の心肺停止(CPA)患者さんに対する経皮的心肺補助装置(PCPS)を利用したカテーテル治療(ECPR)に対する思い入れが強く、積極的に導入していきました。2015年には左室駆出率(EF)10%の48歳の患者さんを、PCPSを挿入したまま自衛隊機を利用し大阪大学附属病院まで搬送し、植え込み型の補助人工心臓(VAD)を施行してもらいました。最近は九州大学と連携を取っていますが、これまで4人の患者さんにVADを植え込み、うち2人は無事に心移植までたどり着いています。このようなことができたのは、当院に心臓血管外科があったからに他なりません。もし徳洲会が大隅半島に進出していなければ、おそらく現在でも心臓血管外科は存在していないと思います。本当に徳洲会に感謝しています。
また、もう一つ忘れてはいけないのが、文句も言わず全面的に協力してくれた病院のスタッフです。看護部、臨床工学科、臨床検査科、放射線科、リハビリテーション科、薬剤部、栄養科、事務部、臨床試験センター、すべてのスタッフが協力的でした。この教育された姿勢は、徳洲会の一番の強みのように思います。このような組織を構築した徳洲会に再び感謝です。
2つ目についてです。患者さん、ご家族の病気に対する不安への対応は、とても重要です。とくに緊急や臨時の受診時の不安は想像を絶するものがあるため、いつでも対応してもらえて、しかも優しくしてもらえ、心も癒やされることが、医療の原点だと思います。私には地元を長い間離れ、また地元が田舎であったことで芽生えた故郷に対する愛おしい思いがあり、いい加減なことはできません。自分の親族、同級生のご家族、学生時代に教わった学校の先生など、お世話になった患者さんがいっぱいいます。大好きで尊敬していた小学校時代の担任の先生を3人看取らせていただきました。手が抜けず責任重大ですが、そのような方たちに少しでも恩返しができたのであれば、自分の人生において、こんなにやりがいがあって幸せなことはありません。
自分は運良く生まれ故郷で、このような仕事ができ、とても幸運でした。現在、当院には約30人の常勤医師が在籍していますが、地元出身の医師は自分を含め4人です。これが妥当な数字なのか、わかりませんが、これからの徳洲会の地域医療を考えた時に、地元出身の医師のリクルートがもっとうまくいくといいと思います。ただし、これは個人情報の問題などもあり、そう簡単にはいきません。職員からの情報などを頼りに、諦めずに取り組んでいきたいと思います。
地域外から田舎に来て頑張ってくれている医師の気持ちに、地元出身の医師の思いをうまくミックスさせ、真の意味で“患者さんファースト”の優しい地域医療ができるよう、これからも皆で頑張りましょう。