直言

Chokugen

福岡徳洲会病院 院長
下村 英紀(しもむらひでき)

直言 ~ 生命 いのち だけは平等だ~

下村 英紀(しもむらひでき)

福岡徳洲会病院 院長

2026年(令和8年)09月07日 月曜日 徳洲新聞 NO.1559

職種や部署の垣根を越え全職員が団結し
地域から選ばれ信頼される病院を目指す
日々の実践を積み重ねてより良い医療を提供

当院院長に4月に就任しました。人事は急なもので、私で務まるのかという思いもありましたが、東上震一理事長からは「診療姿勢を維持したまま、病院運営にも尽力してほしい」とのお言葉をいただき、拝命しました。私は1992年に熊本大学を卒業し、循環器内科に入局しました。初担当症例は左冠動脈主幹部(LMT)閉塞例で、経皮的心肺補助装置を導入したものの、当時はステントもなく、救命には至りませんでした。LMT病変の恐ろしさを痛感し、「何とか救命したい」という思いが循環器内科医としての原点となりました。

将来を担う生え抜きの医師 育成する重要性を強く意識

3年目に福岡徳洲会病院へ派遣され、2カ月の間に研修医当直や沖永良部、与論、徳之島の各徳洲会病院への応援を経験する中、新井英和先生との出会いが転機となりました。当時、新井先生は湘南鎌倉総合病院からの赴任で、PCI(経皮的冠動脈形成術)症例が飛躍的に増え多くを学びました。4年目の岸和田徳洲会病院への応援では、横井良明先生から「Hope for the best, prepare for the worst.」という精神を学び、最悪の事態を想定して備える姿勢を、現在も診療の基本としています。

福岡病院復帰後は、心筋梗塞死亡率が本土の4倍超の離島、対馬で心臓カテーテル室の立ち上げを経験しました。循環器内科医1人で未経験スタッフと開始し、チーム医療とメディカルスタッフ教育の重要性を強く実感しました。その後、熊本大学へ戻りましたが、小川久雄教授(現・学長)のご差配により、翌年、福岡病院へ再派遣されました。若いチームで、多忙な臨床に従事しながら、大学主導の大規模多施設共同臨床研究にも参加し、虚血・再灌流や酸化ストレスに関する研究を継続して、学位を取得しました。

その一方で、大学人事のみによるチーム編成の難しさを感じ、将来を担う生え抜きの医師を育成する重要性を強く意識するようになりました。これまでに8人の医師を循環器内科へ迎え入れ、次代を担う人材の育成に責任を持って取り組みました。

当院は約100万人を対象に地域医療を担っています。一方で、半径10km圏内には300床超の6医療機関が集積し、激しい競争環境にありますが、救急・救命医療に注力し、年間約1万2,000件に上る急患を受け入れると共に、地域医療支援病院、地域がん診療連携拠点病院、地域災害拠点病院、地域周産期母子医療センターとして、周産期から小児、高齢者まで、あらゆる世代の生命と健康を支える中核的な役割を果たしています。

医療の質向上と経営基盤強化へ 7つの目標を掲げ一歩ずつ前進

私が理想と考える病院像は①常に患者様を第一に考え、心に寄り添う最良の医療とケアを提供、②支援を必要とする患者様を積極的に受け入れ、多職種・診療科・部署がシームレスに連携し、最善の医療を提供、③互いを尊重し、信頼し合い、温かく誇りを持てる職場環境を築く、④診療技術と人間性を磨き、誠実で質の高い医療の実践に努める、⑤学び、教え、育て合う文化を大切にし、研修医をはじめ、未来を担う医療人の育成と専門性の向上に努める、⑥地域の医療機関と信頼に基づく連携を深め、円滑な紹介・逆紹介の実施、役割分担の明確化や後方支援病院との連携強化、円滑な下り搬送を推進し、地域全体でより良い医療を提供、⑦グループ病院が互いに支え合い、人材不足に直面する離島・へき地病院への医師・スタッフの派遣や専門医療の相互支援を通じ、地域医療の継続と医療の質の向上に貢献。これらの目標は、決して容易に到達できるものではありませんが、一歩ずつ着実に前進し続ける姿勢を大切にしていきます。

また、現在、当院からは九州・離島・沖縄ブロックをはじめ神戸徳洲会病院、日鋼記念病院への応援派遣を行う一方、大垣徳洲会病院院長の間瀬隆弘先生、湘南鎌倉病院腎移植・ロボット手術センター長の田邉一成先生らに専門外来の支援を賜っています。今後、職種や部署の垣根を越えて全職員が力を合わせ、日々の実践を積み重ねることで、患者様により良い医療を提供し、地域から選ばれ、信頼される病院を目指したいと思います。その積み重ねが、医療の質の向上と経営基盤の強化につながると考え、より良い病院づくりに取り組んでまいります。

皆で頑張りましょう。

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