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奥山 淳(おくやまあつし)
医療法人徳洲会 常務理事 札幌徳洲会病院 院長
2025年（令和7年）10月20日 月曜日 徳洲新聞 NO.1514
2019年に中国・西安市を訪れる機会がありました。西安は秦、漢、隋、唐など13王朝の都で、始皇帝陵と兵馬俑、シルクロード関連の世界遺産があります。古代王朝の変遷を思い感慨深いものがありました。「法三章」という故事成語があります。漢王劉邦が秦を滅ぼした直後、秦時代の事細かで過酷な法律を廃止し、「人を殺した者の死刑、人を傷つけた者の処罰、盗みを働いた者の処罰」の3条のみにした故事から派生しています。それが秦の苛政に苦しんでいた民衆の心を捉え、天下取りの基盤をつくり漢王朝につながりました。一種のワンフレーズポリティクスの先駆けでしょうか。現代では行き過ぎた市場原理主義、平等主義、移民政策などが社会問題となり、○○ファーストなど、わかりやすいスローガンを掲げた新しい勢力が台頭して、各国で政権に就く傾向にあります。
法三章には法律をわかりやすくし弾力的に運用するという側面もあります。現代はコンプライアンス(法令順守)社会と言われています。各種法律をはじめガイドライン、マニュアルなど多岐にわたる法令・規範が存在し、それに加え社会規範や倫理規定もあります。秦は過酷な法治国家でしたが、約15年で滅亡しました。現代のコンプラ社会が進行すれば、人々の行動抑制、モチベーション低下により、組織の活性化が抑制され、社会の萎縮、衰退は避けられません。現に、「働き方改革」関連法の施行は、病院をはじめ建設業、運送業など各方面に大きな影響を及ぼしています。
「ゲームや読書などに夢中になり、気が付けば日を跨いでいた」などの経験がある方もいるかと思います。「フロー理論」はハンガリー出身の心理学者チクセントミハイが提唱した理論で、創造的活動や高度な技術を要する作業に没頭している時、疲労を感じにくく、時間経過を忘れ、持続的な満足感が得られる――つまり、無我夢中で何かに取り組んでいる時の精神状態を言います。フロー状態では、自分の能力を最大限に発揮できるため、自己達成感や肯定感も大きくなります。「クライマーズ・ハイ」と言われる状態もその一種であり、スポーツ、芸術、ビジネスなど多様な分野に存在します。
医療分野では高度な手術に取り組む外科医など、いろいろな場面が想定されます。各分野で、プロフェッショナルになる人は多かれ少なかれフロー状態を経験しているのではないでしょうか。一方、フロー状態は時間の概念がなくなるので、仕事の場合、長時間労働になりがちです。また、フロー理論を組織として考えると、NHKの「プロジェクトX」に登場するような組織が典型的なフロー集団の可能性があります。徳洲会グループも、まさに徳田虎雄・名誉理事長に率いられたフロー集団であったと思われ、日本最大の民間医療グループ形成につながりました。
映画「国宝」は、歌舞伎役者の家に引き取られた主人公の50年を描く壮大な一代記です。主人公・喜久雄を引き取った半二郎が、大舞台を前に緊張する喜久雄にかけた言葉「稽古を休んだことないやろ。踊りを忘れても体が覚えているから心配するな」は、あまりにも的確で大変共感しました。というのも、毎年4月の入職式の挨拶で「その道のプロになるには『習うより慣れよ』、症例を多く経験し、知識や思考より、感覚で物事に対処するのが理想的」というような話をすることが多く、映画の中のセリフに、それを再認識し感動したからです。スポーツや芸術はもちろん、あらゆる分野で、その道のプロとなるには相当な時間・量を要します。しかし、仕事上の数多くの経験を積むことも長時間労働と見做され、働き方改革に抵触する恐れがあり、コンプラ社会的には積極的には勧められません。折り合いを付け、うまくやっていただきたいと思います。過剰なコンプラ社会の振り子も、そのうち戻ってくるかもしれません。
現在、AI(人工知能)の進歩が目覚ましく、第三次産業では、相当数の部分がAIに置き換わると言われています。AIよりも人間が優位な点は、直感と創造力です。プロフェッショナルは創造力や直感が働きます。これからの社会は、人生の達人(プロフェッショナル)でありたいものです。
皆で頑張りましょう。
