徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

医療法人徳洲会 理事長
一般社団法人徳洲会 理事長
東上 震一(ひがしうえしんいち)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

東上 震一(ひがしうえしんいち)

医療法人徳洲会 理事長 一般社団法人徳洲会 理事長

2025年(令和7年)09月29日 月曜日 徳洲新聞 NO.1511

徳洲会グループを担う皆さんへ贈る
「清々しく颯爽として明朗に生きる」
プロフェッショナルとして数字に拘る覚悟を

「いつでも、どこでも、誰に対しても、ベストを尽くし最善の医療を提供する」。これが徳洲会の行動理念です。これを現実のものとするには、ただ熱意だけでは不十分です。私たちは医療者として、結果、すなわち業績(数字)もまた求められる立場にあります。「数字」という言葉に若干の抵抗を感じる方もおられるでしょう。「医療は心、数字で測れるものではない」と。しかし私たちが向き合う「数字」とは、単なる利益やコストの話ではありません。それは救った命の数であり、提供した医療の質を客観的に示す指標のことです。数字は、業務効率と質を客観的に測る唯一の指標です。たとえば手術件数、入院患者数、病床利用率、そして収益。これらは単なるデータではありません。これら一つひとつの数字の背後には、救った命、提供した医療の量と質、利用者さん(患者さん、ご家族)の満足度、その医療機関の持続可能性が隠されているのです。

医療機関は無限のリソースを持つわけではありません。限られた予算と人員の中で効率的かつ効果的に最善の医療を提供するため、無駄を排除し、より多くの患者さんを受け入れる体制を構築する必要があります。数字は、そのための改善点を示す羅針盤なのです。

いつの頃からか、私は「清々しく生きる」ことを意識するようになりました。卒後10年、大学医局での生活に何とはない閉塞感を感じ、もっと違う世界で頑張ってみたいという気持ちが強くなっていました。ちょうどその時、徳洲会(岸和田病院)から医師派遣要請が舞い込んだのです。後輩の結婚式だったと記憶していますが、「何物にも縛られず自由に清々しく生きていきたい」という私の挨拶は、ある意味、大学生活への決別のメッセージでもあったように思い返されます。

徳洲会の医療を支える 精神的支柱となる言葉

「清々しく颯爽として明朗に生きる」とは結局、プロフェッショナルとしての心の有り様と倫理観を指しているのです。清々しさは、患者さんや同僚、そして自分自身に対し、常に正直で誠実であり、不正や隠し事なく、透明性の高い行動を取ることが基本です。颯爽とは、いかなる状況下でも、決然と行動する様です。命に関わる一刻を争う状況でも、最新の知識と確実な技術で迅速に行動する。この態度が結果的には医療の質を高め、多くの命を救うことにつながります。そして明朗とは、明るく前向きな心で物事に取り組むことです。時に厳しく、困難な医療状況に直面しても、希望を失わず、笑顔を忘れずに行動する。そしてチーム内で互いを尊重し、明るい雰囲気をつくり出す明朗さが、自分自身の精神状態を守り、より良いパフォーマンスを発揮する原動力になるのです。これら三つの要素は人間性を高め、プロフェッショナルとしての土台を築きます。清々しく、颯爽と、そして明朗に生きる──。これは徳洲会の医療を支える精神的支柱なのです。

高潔さを保ちながら 現実的な成果を追求

あらためて、私たちは医療に携わるプロとして、業績すなわち数字に徹底的に拘る必要があります。数字は努力が具体的に結実した結果であり、徳洲会の発展に不可欠の要素です。また、数字は成長を可視化します。目標とする数字を掲げ、それを達成するために具体的な行動計画を立てる。達成できれば、努力が正しかったことの証明であり、次なる目標へのモチベーションとなります。もし達成できなければ、改善の余地があることを示唆し、より良い方法を探すきっかけとなります。数字への拘り、それはより多くの命を救うための挑戦であり、医療の質を向上させるための探求なのです。

「清々しく颯爽として明朗に生きる」という精神(魂)と、数字という現実は、相反するものではなく、むしろ互いを補完し合う関係にあります。プロフェッショナルとしての覚悟とは、この「魂と数字の融合」に他なりません。私たちは精神的な高潔さを保ちながら、現実的な成果を追求するのです。この二つの要素が両輪となり、初めて徳洲会の理念は力を発揮します。

襟を正し、背筋を伸ばさなければならないようなカチカチの話になりましたが、最後に肩の力を抜いて俵万智さんの歌を添えます。「むっちゃ夢中 とことん得意どこまでも 努力できればプロフェッショナル」。

明朗に皆で頑張りましょう。

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