
直言
Chokugen

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直言 ~
太田 智之(おおたともゆき)
医療法人徳洲会 常務理事 札幌東徳洲会病院 総長
2025年(令和7年)09月22日 月曜日 徳洲新聞 NO.1510
月末が近くなると、院内では、その月の時間外勤務が多めの医師への面談が、あちこちで行われます。2024年4月の「医師の働き方改革」施行後、医師の勤務形態は、大きな変化の途上にあります。多くの職員にとっては労働環境が改善され、ワークライフバランス向上が期待されます。しかしその一方で、予期せぬ救急搬送や重症患者さんへの対応など、時間管理が難しい業務が、常に発生します。
医師の中には、法で定められた時間外労働の上限を超える月100時間以上の時間外勤務を行っている者が、一定数存在するのも事実であり、これは、いわゆるB水準やC水準に該当する医師です。彼らは医療の公共性や修練の必要性に鑑み、年間1,860時間まで時間外労働が認められています。とくに、日々多様な症例と向き合い、未来の医療を担う若手医師は、限られた時間の中で、知識と技術を吸収するべく仕事に没頭しています。また、専門性の高い病院では、特定の疾患を扱う医師が、その責任感から時間外も患者さんと向き合い続けるケースも少なくありません。彼らが長時間労働をいとわないのは、単に義務感からではなく「人の命を救う」という医療人としての深いやりがいや、専門性を高めることへの強いモチベーションに突き動かされるからです 。
しかし、こうした献身的な努力は、時として燃え尽き症候群のリスクを高め、長期的なキャリアに悪影響を及ぼす可能性もあります。彼らの情熱を尊重しつつも、組織として健全な労働環境を提供していくことが必要なのです。
「働き方改革」は長時間労働の是正を通じ、医療従事者の健康を確保するものであり、労働時間が短縮し十分な休息が取れるようになれば、心身の健康が保たれ、仕事へのモチベーションも向上するはずです。しかし一方で、この改革が現場にもたらす「パラドックス」も指摘されています 。
第一に、労働時間の制限は超過勤務手当を直接的に減少させ、仕事へのモチベーションを低下させる可能性があります 。第二に、若手医師のスキルアップ機会の減少です。彼らは研修医時代の多大な自己研鑽が、将来の医師としての成長に不可欠だと認識しています。長時間労働は確かに疲弊を招きますが、その一方で、仕事に打ち込むことで得られるスキルや経験、そして自己実現という価値もまた、医師のモチベーションを支える重要な要素です。第三に、「隠れ残業」の可能性や「自己研鑽との境界不明瞭」です。改革が施行されても、多くの医師や看護師が、労働時間の短縮を実感できていない現状があります。その背景には本来、労働時間と見なされるべき業務と自己研鑽の境界が、まだまだ曖昧であることが挙げられます。グループ内病院間でも差があり、統一が必要です。
私たちは、この複雑な課題に立ち向かい、患者さんに不利益を与えることなく働き方改革を確実に進めていかなければなりません。その鍵は、各職員が「患者さんのために」という原点に立ち返り、それぞれの持ち場の勤務時間内に全力で業務に臨み、職員一人ひとりが健康を保ちながら、最大限のパフォーマンスを発揮することです。とくに医師においては、全ての医師がA水準(年間960時間未満の時間外労働)を目指せるよう、組織全体の変革を推進していく必要があります。そのために医療DX(デジタル変革)やICT(情報通信技術)の導入を積極的に推進し、AI(人工知能)問診や勤怠管理システムの活用により、客観的な労働時間を可視化します。また、特定行為研修を修了した看護師の活用などによるタスク・シフト/シェアは、医師が本来の業務である診療や治療に専念できる時間を創出します。
最後に、この一連の変革は、私たちが常に患者さんのために最善を尽くすという、揺るぎない使命感から生まれるべきです。働き方改革は業務効率を上げ、心身の健康を保つことで、結果的に医療の質と安全性を高め、患者さんに最善の医療を提供するための手段になるのです。決して患者さんを犠牲にすることなく、かつ一部の職員の自己犠牲に依存することもなく、職員全員が生きがいを感じながら、持続可能な医療を提供できる体制を築き上げるために、皆で頑張りましょう。