徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

山内病院(神奈川県) 院長
栗原 雄司(くりはらゆうじ)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

栗原 雄司(くりはらゆうじ)

山内病院(神奈川県) 院長

2025年(令和7年)06月23日 月曜日 徳洲新聞 NO.1497

自身の2度の入院経験から得た
「思いやり文化」醸成の大切さ
そこから「気づき」と「個人対応」が育つ

私は3年前に急性胆嚢炎で、今年に入ってからは慢性副鼻腔炎で、計2度の全身麻酔、手術と入院を経験しました。今回、「患者」という立場から、同じ国家資格をもつ看護専門職でありながら、なぜ患者への対応に、こうも違いがあるのかという疑問を感じました。その違いを具体的に振り返り、今後の医療に不可欠な「個人対応」、「気づき」、それを育む「思いやり文化」の重要性について考えてみました。

マニュアル通りに進行する看護師 「大丈夫ですか?」も乾いた言葉

最初の入院は3年前に遡ります。突然の腹痛、嘔吐に襲われ救急病院を受診し、急性胆嚢炎との診断で緊急手術を受けました。術後の痛みと高熱、初めてだらけの入院治療は想像以上に心身に堪えました。ナースステーションは常に慌ただしく、看護師の方々は効率的に業務をこなしているように見えました。点滴の交換、検温などはマニュアル通り、時間通りに粛々と進められているようで、「大丈夫ですか?」の一言もマニュアルのように乾燥した言葉でした。また、ナースコールを押すことも躊躇うような、見えない壁を感じましたが、決して彼女たちが怠慢だったわけではありません。そこにあったのは「胆嚢炎術後の患者」に対するケアであり、「一人の人間」へのケアではなかったのです。

それから3年。今春に受けた慢性副鼻腔炎の手術での入院経験は、前回の記憶を鮮やかに塗り替えるもので、手術そのものへの不安はありましたが、病棟の雰囲気は明らかに違っていました。看護師の方々は私のベッドサイドを訪れるたびに、必ず目を見て「体調はいかがですか?」と話しかけてくれました。マニュアルには決して書かれていないであろう、何気ない行為や声掛けが、どれほど心を温め安心させてくれたことかわかりません。

この2つの経験を通して、疑問に対する答えがわかったような気がしました。それは「個人対応」です。病気や怪我はカタログのように分類できても、それを患う人間は一人ひとり全く異なります。年齢、性別、性格、職業、家族構成、生い立ちなどや痛み、不安の感じ方。その全てが千差万別です。

この「個人対応」の根幹を成すのが「気づき」の力だと思います。これは、患者さんが発するサインを読み取り、その人が今、何を必要としているのかを察知する感性、感覚であり、そこから、目の前の患者さんを理解しようとする深い関心と、寄り添おうとする姿勢が生まれます。「気づき」とは、心のベクトルが患者さんに向いているかどうかの証しであり、優れた看護師に共通する重要なスキルの一つであると考えます。

つまり、「気づき」と「個人対応」は、個人的な資質や努力だけに依存するものではなく、長年培われた「文化」と言えるのではないでしょうか。

それは「思いやり文化」であろうと思います。看護師同士が互いを尊重し情報を密に共有して、誰かが忙しければ自然にサポートに入る。一人の患者さんに対し、チーム全体でかかわっていくという連帯感が、自然発生する状況になるからこそ、どの看護師が対応しても、一貫したケアが提供できるのだと推察します。

患者さん一人ひとりに向き合う時間を確保し、「気づき」を共有し学び合う。そして、現場で生まれる「思いやり」の価値を正しく理解し、それを育む努力を続けること。個人の資質に頼るのではなく、組織全体で「思いやり文化」を醸成していくことこそが重要なのではないでしょうか。

優れた医療、看護とは、最新の医療知識や的確な技術に加え、患者さん一人ひとりの心に深く寄り添う「個人対応」と、その根底にある「気づき」、そして、それらを組織全体で支える「思いやり文化」の三位一体によって成り立つ総合芸術なのかもしれません。

増床と念願の手術室の新設 これまで以上に地域に貢献

最後に、今回の入院経験から得た思いやり文化の必要性に鑑みて、今月始まる当院の改装工事にも生かしていきたいと考えます。病床も99床から105床への増床が認められ、また、地域の方々の要望に応えるべく、念願であった手術室の新設も控えています。

完成した暁には、これまで以上に地域の患者さんに、さまざまな意味で応えられるよう努力し、貢献していきたいと考えます。職員の皆さん、一緒に頑張りましょう。

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