
直言
Chokugen

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直言 ~
馬場 淳臣(ばばあつおみ)
横浜日野病院(神奈川県) 院長
2025年(令和7年)06月16日 月曜日 徳洲新聞 NO.1496
当院は徳洲会グループで唯一の精神科単科病院です。2002年にグループに参加し、私が院長に就任しました。23年2月、長年の懸案だった新病院がようやく竣工。すでにあった病棟を半分取り壊しての建設だったので、工事中、病床は半減、それまで常に10%以上の医業利益率を維持していましたが、収支は赤字化。コロナ禍などもあり大変な難工事でしたが、徳洲会の仲間に支えられ立派な病院ができました。当院だけでは到底成し得ない事業でした。精神科という科の特性で、急に入院は増えませんが、以前の半分だった病床も徐々に埋まりつつあります。病院の特徴を生かしグループ病院との連携も強くなってきています。
新たに徳洲会に参加し、新築を計画している病院もたくさんあるでしょう。決して簡単なことではありませんが、徳洲会では仲間と協力し努力すれば、夢は必ず叶います。ぜひ20年もかけずに実現するよう頑張ってください。
精神科というのは難儀な科です。「心」という人間にとって何よりも大切なものを扱っているのに、それは目に見えず触ることができません。
昔から伝わる戯れ言に「外科医は何でもできるが何も知らない」、「内科医は何でも知っているが何もできない」というのがあります。有名なのはここまでですが「精神科医は何も知らないし、何もできない」と続きます。40年近く精神科医を務めて気付いたのは、広大な心の世界を前にした時、自分はちっぽけで無知無力だということです。
かつては脳に傷を付ける治療がもて囃され、開発者はノーベル賞をもらいました。同じ頃、精神障害者は病院に隔離し、外に出さないのが当たり前でした。薬は副作用が出るまで大量に使うのが正しいとされました。どれも今の治療の常識では大きな間違いです。だとしたら今、正しいと思ってやっていることが、50年後100年後にも正しいとは限らないのです。ならばせめて自分の無知無力を自覚し、患者さんをできるだけ傷付けないように、迷いながら治療していくしかないのです。
迷った時、思い出すのは徳田虎雄・名誉理事長です。実際に人柄に接したのは、わずか10年程度でしたが、その影響力は圧倒的でした。今でも迷ったり悩んだりした時、考えます。「こんな時、トラオだったら何て言うだろうか」と。
以前、グループの病院から相談を受けたことがありました。腎不全で人工透析を受けていた患者さんが、長い治療に疲れ果て「もう透析はやめる」と言い出したのです。やめれば確実に死が訪れます。説得しても患者さんの決意は固く、法律家を含めた倫理委員会が開かれました。患者さんの自己決定権は最大限に尊重されるべきですが、大前提として、患者さんの判断能力は正常に保たれているのか。その判定に精神科医による診察が必要でした。患者さんと何度も面接し、心理テストを行い、患者さんの判断能力は正常であると報告しました。倫理委員会が再び開かれ、透析治療は中止となりました。患者さんは安堵の表情を浮かべ、やがて安らかに亡くなりました。
あの時の私は正しかったのでしょうか。学会のガイドラインや厚生労働省の指針に照らしても、一連の手続きは決して間違いではありませんでした。でも私の中のトラオはこう言うのです。「馬場くんな、もしその患者さんが君の親父さんだったら君はどうした。親父が『もう死んでもええから放っておいてくれ』と言ったらどうした。はい、そうですか、と引き下がったか。泣いて喚いて、土下座して、頼むから透析を受けて生きてくれ、とすがりついてでも説得したんじゃないんか。それができなかったってことは、君には愛が足りなかったってことや」と。
「君たちは愛が足りない」。徳田先生は、よく口にされていました。それは叱責ではなく、微かな悲しみを帯びた穏やかな諭しでした。「患者さんが困っているのに、どうして君たちは放っておけるんだ」と。「そのために徳洲会があるんじゃないんか」と。
今でも、あの時の自分の判断は間違ってはいなかったと思います。しかし本当に正しかったのか。徳洲会というのは、自分の中に自分だけの「トラオ」を育む場所です。 迷いながら悩みながら、皆で頑張りましょう。