直言

Chokugen

松原徳洲会病院(大阪府) 院長
吉田 毅(よしだたけし)

直言 ~ 生命 いのち だけは平等だ~

吉田 毅(よしだたけし)

松原徳洲会病院(大阪府) 院長

2025年(令和7年)04月21日 月曜日 徳洲新聞 NO.1488

当院の使命は地域の中心となり連携を
強化し地域医療を支え維持することに
急性期病院は“地域一番”でないと生き残れず

当院は徳田虎雄先生が最初に開設した徳田病院が始まりです。大阪のど真ん中の松原市、近鉄南大阪線河内天美駅前です。天美と奄美です。徳田病院は1973年に開設され、98年に新築移転し松原徳洲会病院となりました。私が当院に赴任したのは2003年、当時70床でした。研修医生活は庄内余目病院から始まりました。グループの10病院以上で勤務を経て、徳洲会の最初の病院である松原病院で働くことは、まさに聖地に来たような感覚で特別なものでした。松原に来る前は、名古屋徳洲会総合病院の心臓血管外科に所属しており、年末の大晦日、緊急手術ということで、松原病院に応援に来ました。病院に泊まり込んでいた年明け、松原病院の年初の朝礼に呼ばれ、心臓血管外科部長の辞令を渡され驚きました。それから20年以上が経ちます。

松原病院で働き始めると、徳田病院の頃からの患者さんもいて、徳田先生に診てもらったという話もよく聞きました。今も当時から勤めている職員がおります。昨年の徳田先生のお別れの会の時は、徳田先生と働いていた看護師さんに当時の和気あいあいとした徳田先生の患者中心の熱い診療の話を伺いました。今の松原病院は冷たい、患者さんへの愛情がないと、お叱りを受け、申し訳ない気持ちになりました。

大きい夢・希望・ロマンと 高い目標掲げ人生を豊かに

昨年1月より許可病床249床となりました。しかし、いまだ全病床を看護師不足のため利用できていません。目下の目標は許可病床をしっかりと使い、地域医療に貢献することです。当院の救急搬送件数は年間7,000件前後で地域の二次救急を担っています。松原市は4キロ四方、人口11万人の小さな市ですが、大阪市と堺市に挟まれ、半径5キロ圏内の人口は50万人を超えます。この圏内の人に、当院を知っていただき、地域一番を目指します。これからの急性期病院は、その地域で一番にならないと生き残れません。当院が地域の中心となり、連携を強化し地域医療を支え、維持していくことを使命と考えます。

新年度が始まり、当院も新たに42人の新入職員を迎えました。徳洲会の同じ価値観を共有し、共に発展していきたいと思います。当院では朝礼での「直言」朗読会は、時々、徳田先生が書かれたものを読んでいます。内容が古いこともありますが、徳田先生の魂のこもった文章を読むのも、徳洲会の理念を共有するためにはいいのではないかと考えてのことです。今年4月4日の朝礼では05(平成17)年4月4日の徳田先生の直言を読みました。タイトルは「大きい夢・希望・ロマンと高い目標を掲げ人生を豊かに~ゼロからの出発・生命(いのち)懸けの情熱と努力が夢を実現する~」です。静岡徳洲会病院ができた年で、当時の病院数は59病院。今は83病院と20年で24病院増えています。直言によると全国の新入職員数は1,220人。その職員に向けてまず、徳洲会は「誰もが最善の医療を受けられる社会を目指して」と患者中心の医療で“生命だけは平等だ”という気宇壮大な理想を掲げています、とメッセージを送ります。自身の3歳の弟が医師に診てもらえず亡くなったことから貧乏人でも夜中でも患者さんを診る医師になると志を立てます。これが徳洲会の原点となります。徳田先生は経営の原点として第1に“生命だけは平等だ”の哲学で患者中心の医療を目指し、第2に医療技術と接遇の教育でモラルを高め、第3は数字合わせ。金利を下げイニシャルコスト、ランニングコストを抑え医療技術の向上で人件費が低くなり、経営はうまくいきます、と。徳田先生は、患者中心の医療を目指し“生命だけは平等だ”の哲学で人間主義の人道追求型病院運営を世界に展開し、世界平和へ貢献したいと思います、と結んでいます。この直言の中で、何度も患者中心の医療を新入職員に向けて語っています。

すべては「患者ファースト」 という原則に照らして判断を

今年3月31日の直言で、東上震一理事長も医療のあらゆることは現場にあり、それらは「患者ファースト」という原則に照らして判断されるべきです、と述べています。私も徳洲会に入職したのはこの思いに共感し、自分の思いを実現できる場だと感じたからです。誰もが安心して生きられる社会を目指して、新入職員だけでなく共に働く皆と成長していきたいと思います。

皆で頑張りましょう。

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