直言
Chokugen
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直言 ~
東上 震一(ひがしうえしんいち)
医療法人徳洲会 理事長 一般社団法人徳洲会 理事長
2024年(令和6年)06月03日 月曜日 徳洲新聞 NO.1443
徳洲会グループは4月に新入職員約3,700人を迎え、総職員数約4万4,500人と国内最大の民間医療グループとして成長を続けています。全国にいる多くの仲間が力を合わせ、医療・介護の現場で真摯に患者さんと向き合い、心のこもった治療・ケアを届けてください。病気に苦しむ患者さんにとって、過ぎ行く時間というものは、かけがえのない時の積み重ねでもあります。その貴重な時を共有する皆さんに、『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版刊)という詩を紹介します。
<あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら わたしは もっとちゃんとカバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう あなたがドアを出ていくのを見るのが最後だとわかっていたら わたしは あなたを抱きしめて キスをしてそしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら わたしは その一部始終をビデオにとって毎日繰り返し見ただろう あなたは言わなくても分かってくれていたかもしれないけれど最後だと分かっていたら 一言だけでもいい …「あなたを愛してる」とわたしは 伝えただろう たしかにいつも明日はやってくる でももしそれがわたしの勘違いで今日で全てが終わるのだとしたら、わたしは 今日どんなにあなたを愛しているか 伝えたい (中略) だから 今日あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう そして その人を愛していること いつでも いつまでも 大切な存在だということをそっと伝えよう 「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう そうすればもし明日が来ないとしてもあなたは今日を後悔しないだろうから>
これは10歳の愛児を亡くした米国人女性ノーマ・コーネット・マレックが、その悲しみを綴った詩です。9.11同時多発テロの追悼集会で朗読され、その後、チェーン・メールで世界中に広まりました。佐川睦さんの日本語訳が何ともすばらしく、敢えて紙幅を割きました。今を大切に生きることの意味を、あらためて考えさせられる詩だと思います。「今を全力投球、患者さんのための医療に全身全霊を捧げる、なんの衒いもなく」――これが徳洲会と言えます。初めて社会に出る場として、また、新たな人生の転機として徳洲会を選んでいただき、ありがとうございます。共に力を合わせ、医療を受ける側にとって何が一番大切なことなのか、受け手にとってのベストを追い求めて、徳洲会の医療を提供していきたいと思います。
私は45年前にアルバイトに明け暮れた6年間の学生生活に別れを告げ、生まれ変わる決意で研修医生活に入りました。病院という社会に初めて出たわけです。知らないことだらけの自分を秘かに恥じ、怠惰と無為に流れた時間を取り戻すべく猛烈に勉強しました。昨日、知ったばかりの医学用語もずっと前から了解していたような顔で、まさに知識の自転車操業という日々でした。「医者になったとたんに全然面白みのない人間になった」と揶揄した同級生も卒後4年が経過した頃、私が術者として行う末梢血管バイパス術を「評判の手術手技を見に来た」と手術台を取り囲むようになっていました。当時の心臓手術は、8時間以上はざらで、時にはオーバーナイトも珍しくない時代でした。毎日ひたすら病院に泊まり込む術後管理の連続でした。
しかし、今から振り返ってみても不思議に“疲弊”することも“心折れる”こともありませんでした。私が特別タフで鈍感であった訳ではありません。指導医の一言「Skillful surgeon」、この言葉を目標に手術手技に何より執着し、巧い手術を追求しました。人の成長に都合の良いファストパスなどありません。地道に汗をかいて這いずり回って手に入れたものが、自分自身の成長の証なのです。ひたすら実務に励むことが心の迷いを克服することにつながります。最後に私の好きな作家、開高健の洒脱な言葉を紹介します。5月病で悩む読者が4畳半のアパートで悶々とする悩みを訴えた相談に「まー、一度6畳に替わってみたらどうや」。
肩の力を抜いて、しかし目標は失わず、皆で頑張りましょう。