
直言
Chokugen

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直言 ~
栗原 雄司(くりはらゆうじ)
山内病院(神奈川県) 院長
2023年(令和5年)10月10日 火曜日 徳洲新聞 NO.1410
約6年間勤務した四街道徳洲会病院より、2023年4月に山内病院院長を拝命いたしました。私は、神奈川県の平塚市で生まれ育ち、高校は隣町の大磯高校、医学部は隣の市の伊勢原市に通いました。今回、地元近くの藤沢市に赴任することに決まり、両親、兄弟が平塚市に居住していることから大変喜んでくれました。私の幼少期の思い出の中で、藤沢と言えば江の島です。子ども会のイベントは江ノ島水族館、小学校低学年の遠足は江の島でした。鎌倉を含め、幼少期から何度も足を運んだ場所です。故郷であり、地元の風景の中に江の島、富士山、箱根があることが、何と贅沢な場所であったことか、と今さらに思うところです。
こんな環境にある大学で、自由に成長した私は、なぜか自由の利かない、最も理不尽で、徒弟制度的な外科医局に入局しました。これは、親の勧めではなく、真反対に生きてきた自分への挑戦でした。どれだけ自分が成長できるか、何か漠然とした大きな風船みたいなものを掴みにいく感覚であったことを覚えています。
当時の外科医局は、どこの大学でも変わらないかと思いますが、まさに、「24時間、戦えますか」という過日のテレビCMを地で行く状況で、誰よりも症例を経験するため、救命センターは夜間勤務ばかり希望し、できるだけ処置や症例数を稼ぎ、他科の血管造影なども手伝って、重宝されたことが多かったと思います。そんな研修医時代を終了し、いざ、派遣病院へ行ったところ、静岡の田舎の病院に行かされ、忙しいのは当直日だけ。他の日は、ほぼ定時で終わっていたことから、派遣病院にいた間は都市部の病院へ派遣された同期の手術症例数ばかり気になって、しょうがない状況でありました。
派遣病院から、いったん大学に戻ったところ、自分の希望する臓器グループに入れなかったことから、大学を辞め、他大学に行った先輩を頼り、再度、大学病院に入局しました。日本医科大学武蔵小杉病院消化器外科です。ここでは、乳腺や呼吸器疾患も指導を受け、比較的オールラウンドに患者さんを診られる雰囲気があったことから、ずるずると年数を重ね、学位も修得させていただき、現在も非常勤講師として診療に携わらせていただいております。
徳洲会へは、医局の先輩である四街道病院院長の酒井欣男先生からオファーを受け、同院へ勤務したことが入り口となりました。そこでは副院長、産業医、外科医として、さまざまな患者さんを受け持ち、スキルを積み上げてまいりましたが、とくに内視鏡検査に長年携わってきたことから、消化器内科系の患者さんを受け持ちつつ、手術、上部・下部内視鏡検査・治療を行いました。この間、成田富里徳洲会病院の濱田眞彰先生にはERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)、ステント類の加療を、日本医科大学千葉北総病院の渡邉昌則教授には食道がん治療を、講師の松本智司先生には直腸の腹腔鏡手術のお手伝いを、開業医の斎藤庸博先生には痔核手術、肛門疾患を一緒にさせていただき、忙しいながらも外科医として十分に活躍できたかと思っております。四街道病院の関係の方々に感謝申し上げます。
さて、現在の当院は手術室がないため外科、整形外科の標榜ができません。このため、地方の先生方と同じように、外科医であっても誤嚥性肺炎、認知症など多岐にわたる患者さんを診ないといけない状況です。そもそも、周辺地域には“内科系老人病院”であろうというイメージが付いており、現状は、まさにそうですが、この4月以降、町内会のお祭りやイベントに救護班として参加させていただいたり、PR冊子をつくったりして、新しい藤沢の山内病院として、より良い病院としてのイメージチェンジを職員一丸となって頑張っていきたいと思っております。
私は、より良い病院を目指して、当院院長就任時に4つの目標を揚げました。①医療の質の向上、②患者さんへのサービス・接遇の向上、③地域との連携強化、④職員の働きやすい環境の整備──。これから患者さんに優しい病院をつくり、患者さん一人ひとりを幸せにするために日々邁進してまいります。皆さんのご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。
皆で頑張りましょう。