徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

医療法人徳洲会 副理事長
八尾徳洲会総合病院(大阪府) 総長
福田 貢(ふくだこう)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

福田 貢(ふくだこう)

医療法人徳洲会 副理事長 八尾徳洲会総合病院(大阪府) 総長

2023年(令和5年)08月28日 月曜日 徳洲新聞 NO.1404

脆弱を基調とした病態での侵襲的な医療
受療者と医療者らの総意による決定が要
相互理解と労りが佇む医療の実践に努める!

2022年の人口動態統計によると、出生数は77万747人、1899年の統計開始以来初めて80万人を下回り、過去最少でした。一方で死亡者数は2021年比12万9,105人増と過去最多を記録し、結果として1年間で79万8,214人の人口減と報じられました。

一人の命か家族全員の生命か 命を諦めることがあった時代

1935年生まれの独居男性はこう言いました。「先生、若い時から現場で一生懸命働いてきたけれど、私はもう生きていてはいけないような気がするよ。体力も気力も落ちて5回も入院、親族はいないし」と。彼は戦後の混乱から東京タワーの完成と東海道新幹線の開通、東京五輪や大阪万博など日本の復興の過程を目の当たりにしてきました。働けば生活が日々良くなることを実感し、子どもを高校、大学に上げ、それが家族を幸せにする道であると信じていたに違いありません。作業の効率化、労働生産性といった金属的な言葉に縛られ、“24時間戦えますか”という世界に身を置いてきたのです。

過日、上皇陛下が天皇退位の意思を明らかにされた時、象徴としての務めが年齢を重ねて困難になってきたこと、昭和天皇崩御の際の1年以上にわたる儀式遂行に際し、天皇家一族を巻き込んだことに対する家長としての思いを述べられました。人間は生産的な活動を行うが故に、“生産性の喪失は社会的な価値ばかりか、個性ある存在としての価値をも否定してしまうことと同義ではないか”との思いが走り、陛下までもがなぜ、このような窮地に追い込まれなければならないのか。戦争体験を経た戦後の日本人が、効率良く責務を果たせない存在を社会的価値の低い人間と見なすような価値観のなかで生きてきたからこそ、冒頭の男性の溜息交じりの発言につながり、陛下のお言葉も同様の価値観に由来するものではなかったのか──。皆、勤勉で一生懸命働いてきたのです。

61年に始まった国民皆保険制度により、私たちは経済的な心配をあまり気にかけることなく医療へのアクセスが可能になりました。それ以前の私の故郷の山村では、子どもや老人が病気にかかり高額な医療費の出費が予想されると、家長が所有する田畑山林を売って医療費を捻出する事例があり、それが叶わない家庭では、病人の命を諦めることがあったと当時の村の長が話してくれました。命か金かの問題ではなく、“一人の命か、それとも残りの家族全員の生命か”の選択だったと。皆保険制度の確立で、山村は命のトリアージ(選別)から解放されました。

一方、内科医師たちは切れの良い新薬や血液浄化法、補助循環、精緻な内視鏡画像システムや血管内治療機器、画像診断機器を武器として、優秀な外科医師の助力を受けながら患者さんと共に傷病と闘ってきました。求道的医療者たちにより、多くの命が救われ、戦後の復興を支えてきた人々は親子共に以前より長く独立して生きることが可能になりました。病院は失望の象徴から、希望と快癒の場所へと変容していったのです。あわせて人口構造はピラミッド型から長方形のような形へと変化し、結果として独居高齢者は見慣れた存在となり、孤独死や少子化の問題をも抱えもつに至りました。個々の身体にあっては、腫瘍発生を免れた後には血管システムが劣化し、さらには脆弱に遭遇、これと共に慢性病が急性増悪と鎮静化の反復を繰り返すという情景が結果として見えてきました。

治せないことへの対処法を 身に付けている訳ではない

医療の役割は人の幸福への寄与だと理解しています。しかし、私たちの治療手段が無効と思われる局面に遭遇する時、私たちにできることとは――。傷病からの解放こそ医師に期待される要件であり、治せるのであれば私たちは何をすべきか知っていますが、治せないことに対する対処法を身に付けている訳ではありません。治せないことに対して病者への十分な思慮や気遣いを医療者がもち合わせないことが、ベッドサイドでのトラブル、無神経な言動、非人間的な扱い、時には病者を耐え難い苦しみの只中に陥れることを知るべきです。脆弱を基調とした病態での侵襲的医療行為の適否は、受療者のみならず医療者らの総意による決定が肝要と考えます。意思決定の道程を割愛してしまうと医療行為は時に身勝手な蛮行となることを了解しておくべきです。相互理解と労りが佇む医療の実践のために、皆で頑張りましょう。

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