直言
Chokugen
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直言 ~
福田 貢(ふくだこう)
医療法人徳洲会 副理事長 八尾徳洲会総合病院(大阪府) 総長
2023年(令和5年)05月01日 月曜日 徳洲新聞 NO.1387
新たに仲間になっていただいた医科、歯科の研修医師の皆さん、東上震一理事長をはじめ職員一同、当法人への入職を心より歓迎いたします。
さて、その昔、古代ギリシャのテーベ郊外に住んでいた怪獣スフィンクスは、勇者エディプスにこう問いかけます。「朝は4本足で、昼は2本足、そして夕は3本足で歩き、足の多い時ほど弱い動物は何か」。そして、この問いに答えられなければ食い殺すと脅しをかけました。エディプスは「それは人間だ。赤子の時は手足を使って這い、成長すると2本足で歩き、老人は杖をつくから足は3本となる」と、謎を解いたとのことです。
3本足の時代になるまで、当時はどれだけの人間が生きられたかは定かではありませんが、私たちの仕事は春夏秋冬のように推移する人間の命と、その生活の質、最終的に避けて通れない死の過程を観ることです。
今後、多くの症例を経験する過程で、皆さんは独自の教訓を積み重ねるでしょう。私は皆さんと同様の研修時期、飲酒後に自動二輪で転倒し全身打撲で搬入された青年と出会いました。土砂降りで全身ずぶぬれでしたが、意思疎通は可能で、運動障害も骨折もないようでした。頭部単純CT検査終了直後、図らずも青年は救急外来から雨の中に逃げ出していきました。私は怒りの感情にとらわれ、でき上がった写真を確認せず、後追いもしませんでした。1時間後、昏睡状態で倒れているのを発見、彼は再度、救急搬送されてきました。急性硬膜外血種の診断で緊急手術、術後後遺した動眼神経麻痺は幸い2カ月で回復。怒りで後追いをしなかった私も、そんな新米医師に身を任さざるを得なかった彼も、共々に怖い思いをしました。2年次には呼吸困難、意識障害を主訴に搬入された54歳の独居女性に出会いました。やせた女性で呼吸は浅く、頻脈性の心房細動で心拡大が著明、高度の僧帽弁逆流音を聴取しました。低酸素血症、高炭酸ガス血症を呈し、気管内挿管下に人工呼吸を開始、直後より血液ガス所見は正常化しました。しかし、その後2カ月にわたり人工呼吸器から離脱できませんでした。病歴聴取には呼吸管理下に、瞬目を利用した問診を反復するしかなく、把握に時間を要しました。結果、多発性筋炎の疑いを強くしましたが、病悩期間が長く、この疾病の診断を支持する検査所見、病理所見が得られるまで、さらに時を要しました。呼吸筋の破綻による呼吸障害は初めての経験であり、その後、歩行が可能となるまでの回復は、共々にこのうえない喜びでした。
時に診断がつかず現場で悶々とする経験は今も同じであり、自己研鑽を重ねる過程で壁にぶち当たる時、診断学や文献への回帰を習慣化することが肝要なことは時代を問いません。どうか自問を反復する習慣を身に付けていただきたいと思います。
医師になるのは、その仕事から満足感が得られると想像されるからです。皆さんはそう遠くない将来、自身の存在が他者の助けになること、技術を磨き難しく入り組んだ問題を解決できるようになることを実感し、自身の成長に気付く時が来るに違いありません。その束の間に、この組織が果たしている実務を眺めていただきたい。離島・へき地で弛まず地域医療に取り組む仲間たちを訪れていただきたい。同時に最先端の医療に取り組む仲間たちにも会ってほしい。そう願っています。自分の仕事の結果を最大限に利用し、他者の幸福を忘れず、自身の利益をも保持しようとする実利的な人間が、社会に必要なことは言うまでもありません。一方で利益を超越し、ひとつの計画を展開する醍醐味を知り、自身の実質的な利益に全く意を用いない才に長けた夢想家もまた、組織や社会に必須なのです。そして3本足の時期にある人間に対し、その病床の傍らに敬意と愛情をもち穏やかに臨む人間もまた。
「栴檀は双葉より芳し」と。しかし、草木が種類により芽吹きの季節や開花の時期が違うように、私たち人間も結実する年齢が異なります。最も生命力が充実する時代に向け、皆さんはその来るべく時のために準備しなければなりません。自身と仲間を信じ、絶えることのない努力を、そして、それが結実することを願います。
皆で頑張りましょう。